小林一三「私の行き方」を読む

帝国劇場に建っている小林一三像 世の中で大成功、それも歴史に名を残すような成功をおさめる人というのは一般の人とどこが違うのか。誰もが知りたいことである。そのため書店には成功をするためのノウハウ本がたくさん並ぶことになる。ところがほとんどの本は泡沫のように消えて長く読まれることはない。やはり成功するためのしっかりした法則なるものは存在しないのであろうか。
 しかし、例外は存在するものである。小林一三の「私の行き方」は昭和10年に出版されてから現在まで読み継がれている。この本は成功するための指南書の一面ももっている。まさに名著である。
 小林は歴史に名を残した大実業家である。阪急電鉄・阪急百貨店・宝塚歌劇・東宝映画などは小林が創ったのである。小林の残したものは有形のものだけでなく、無形のものもある。その1つが私鉄のあるべき経営形態を考え出したことであろう。
 私鉄は鉄道会社であるから鉄道を運営するのが主なる仕事である。小林は毎日乗降するお客の人数を鑑み、梅田の駅に百貨店を作った。また、小林は田舎に鉄道を敷くことで新しい町をつくり、人を移動さした。新しい町は新しい文化を育んだ。宝塚は単なる田舎であったが小林はここに鉄道を敷き、温泉を開発し、そして宝塚劇場をつくったりして宝塚を一大リゾート地にしてしまった。こうして新しい田園都市が次々と私鉄に沿って誕生していったのである。
 私鉄のターミナル駅に百貨店を作り、私鉄沿線を開発して新しく田園都市を作っていくという方式が私鉄事業の基本方式となった。関東の東急電鉄・西武鉄道もこの小林方式で戦後急拡大していくのである。
 小林が起こした事業の中で圧巻なのが宝塚歌劇であろう。小林は手ごろな価格で庶民に文化を提供するという理念で、山師しかやらないといわれた演劇事業を近代化し見事に成功さした。また、小林は東京電力の前身の会社の社長も勤めている。
 このように小林の残した有形・無形の資産は途方もなく大きく、私たち日本人のほとんどが多かれ少なかれ小林の残した資産の恩恵を蒙っているのである。
 
「私の行き方」は小林が昭和10年に自分の人生を振り返って思うことを述べた本である。発売と同時に大ベストセラーになったという。
 さぞ、成功するための奥義が書いているのであろうと期待して読むと、意外にも平凡なことが書いてある。それらの言葉をいくつかひろってみる。

<今日の社会ではなかなか成功が出来ないと聞くが、成功の道がないとは思われない。たとえ無一文でも、事業でも何でも出来る>
<世の中はよく不公平だというけれど、存外公平である。良い人はどんどん引き上げられる>
<社会生活で成功するには、その道でエキスパートになることだ>
<人より三十分早く出勤せよ>

 これらの言葉を聞いていると、平凡に聞こえるが、よくよく聞いてみるに含蓄のある言葉であると気付かされる。
 小林はサラリーマンから経営者になった人である。小林は自ら自分は運がよかったといっている。小林が阪急電鉄の前身である箕面有馬電気軌道株式会社の社長をまかされたのも運であった。だが、小林はこの運を逃さなかった。小林は用意周到に計算し、いろいろな戦略を練ったあげく、鉄道事業を成功させ、そして百貨店事業などを次々と成功させていく。
 小林の行き方を見ているとやはり基礎研究が大事なことがよくわかる。小林は新しい事業をやるときにはそれなりの時間をかけてじっくりと研究している。短兵急に事にあたることはなかった。

 考えてみるに、小林だけ運が特別について廻ったわけではないだろう。小林のすごいところは運をうまく生かしたことだろう。畢竟(ひっきょう)成功するためのコツは運を生かせるかどうかであろう。運は小林のいうように案外平等に神様は振り分けてくれるものである。運をものにできるかどうかが肝心なので、それが可能かはやはり普段の心がけが大事と小林は力説しているのである。<人より三十分早く出勤せよ>には小林の仕事に対する思いが凝縮されているのを感じる。
 「私の行き方」は自伝めいた要素もあり、たいへんおもしろく読める。この本は今から70年以上も前に書かれたものであるが、新鮮である。本質をついたものは腐ることなく生き続けるということであろう。それはビジネスの世界も同じで小林の残した事業が現在も生き続けているのは、事業を通して人を幸せにするという商売の本質をついているからであろう。
 「私の行き方」はぜひとも若い人に読んでほしい本である。

にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へ


渋谷駅に展示している懐かしい東急車輛 NHK の番組「鉄道から見える日本」の中で、解説者の原武史氏が、小林一三が作詞した「箕面有馬電車唱歌」の一番の歌詞を紹介していました。

東風(こち)ふく春に魁(さきが)けて
開く梅田の東口
往来(いきか)ふ汽車のを下に見て
北野に渡る跨線橋(こせんきょう)

「往来(いきか)ふ汽車のを下に見て」とは国鉄の東海道本線の上を私鉄が走るという意味で、当時としては画期的でした。ここに小林一三の真髄が現れていると解説者は述べていました。
 写真上は帝国劇場に建っている小林一三像です。東京では阪急を思い浮かべるのはデパートと劇場です。写真下は渋谷駅に展示している懐かしい東急車両です。東急創業者五島慶太は自叙伝「七十年の人生」の中で「終始一貫自分が知恵を借りて自分の決心を固めたものは小林一三だ」と回想しています。筆者は半世紀に渡って東急沿線に住んでいます。その間、東急沿線はどんどん拡がり、始めは4両編成だった車両が8両、10両、12両と長くなっています。



日比谷の東宝の前に建っているゴジラ像

日比谷 東京宝塚劇場

 写真上は、東京日比谷にある東宝の前に建っているゴジラ像です。写真下はゴジラ像からすぐ傍にある東京宝塚劇場です。

私の行き方 阪急電鉄、宝塚歌劇を創った男 (PHP文庫)私の行き方 阪急電鉄、宝塚歌劇を創った男 (PHP文庫)
(2006/09/02)
小林 一三

商品詳細を見る

テーマ : 文明・文化&思想 - ジャンル : 学問・文化・芸術

Tag : 私の行き方