池上彰『高校生からわかる「資本論」』を読む

 何を今さら「資本論」と思う向きも多いかもしれない。20世紀の末のソ連の崩壊、すなわち共産主義の敗北以後、マルクスの威光は急激にさめていった感がある。だからといってマルクスの経済分析の方法論が間違っていたことにはならないであろう。
 マルクスは経済分析に科学の方法を導入した人である。アダム・スミスの「神の見えざる手」のような曖昧な表現をマルクスは徹底的に避けた。マルクスは3段階論法で資本主義経済の分析をした。マルクスは資本主義の本質を解明する上で、当時住んでいたイギリスの社会状況をつぶさに分析したのである。
 3段階論法とは現象論・実体論・本質論と進む分析方法である。この方法でもってニュートンは万有引力の法則を発見した。
 ティコブラーエは火星の動きを克明に記録した。そのデータたるや厖大であった。そのデータを分析して弟子のケプラーは3つの法則を発見した。そしてさらにニュートンはそれら3つの法則が成り立つためには太陽と惑星の間にどのような原理が存在しなければならないかを考え、万有引力の法則を発見したのである。
 火星の動き(現象論)から太陽と惑星の間に働く法則(実体論)、そしてその法則を可能ならしめている原理・原則(本質論)へと進んでいったのである。湯川秀樹もこの方法論でもって中間子の存在を予言した。マルクスはまさにこの方法で資本主義経済の本質にまで踏み込んだのである。
 19世紀半ばのイギリスは世界で最も発展した資本主義国家であった。国は豊かであったが、ロンドンの街は貧しい労働者であふれていた。現象論としてイギリスの労働者は非常に貧しかった。ディケンズの小説を読むとよくわかる。マルクスはそこからなぜ労働者が貧しいかの論を進め、実体論として資本家階級と労働者階級の2つの階級に社会が分かれていることに行き着く。資本家とは資本の所有者であり、資本家とは資本を増やすことを第一義とした。その論理には人間性のかけらもなかった。労働者はただただ奴隷のように搾取された。さらにマルクスはなぜ社会は2つの階級に分かれるのかを本質論として追求し、資本主義経済の本質に迫った。資本主義の本質とは私有財産制であるとマルクスは結論付けた。資本主義社会における諸悪の根源は私有財産制にありとしたのである。マルクスは私有財産制を否定する。

 私は学生時代のある一時マルクスにかぶれた。マルクスの本を読むたびに私はマルクスは科学者だと思った。科学者マルクスの集大成が「資本論」である。
 私は「資本論」の解説書は読んだが、「資本論」そのものは読まなかった。読まなかったというより、読む能力がなかったといった方が正確かもしれない。それぐらい「資本論」は難解であった。ただ、解説書やマルクスの「賃金・価格・利潤」などを読み、資本論に何が書かれているかは察しがついた。
 池上彰の<高校生からわかる「資本論」>は画期的な本である。あの難解極まりない「資本論」を池上が高校生にもわかるように解説してくれる。池上がなぜこの本を書いたのか、それは現在の日本が19世紀のマルクスが見た資本主義社会と似通っているからであると池上が分析したからである。
 リーマンショック以後、世界は不況というより恐慌といってよいような状況を呈した。そして日本はすさまじい格差社会になった。なぜリーマンショックが起こったのか?それは新自由主義によってである。規制を緩和して自由性を高めていけばいくほど格差は広がっていくのである。そして街にはホームレスがあふれる。マルクスの時代と同じであり、マルクスは「資本論」においてなぜ格差が起こるかを難解な文章で説明している。池上はその難解な文章を非常にわかりやすく解説してくれる。
 日本で現在、失業者が増えさらに賃金が上がらないのはマルクスの理論通りである。逆に金持ちはますます金持ちになっていく。市場経済に移行した中国も完全な格差社会になった。

 自由にすれば国全体は豊かになるが格差は広がっていく。逆に社会主義のように国家主導で規制を強めれば格差はなくなるが国自体は貧しくなり最悪国がなくなる。
 資本主義をとるか社会主義をとるかでない。今こそ新しい経済システムを構築する時期ではないのか。それを成し遂げるために「資本論」で示した分析の方法がたいへん役に立つと私は確信している。

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(2009/06/26)
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