川端康成「美しい日本の私」を読む

 日本で最初のノーベル文学賞受賞者の川端康成が自ら命を絶ったのは1972年である。その2年前、川端を師と仰いだ三島由紀夫が自刃している。日本を代表する2人の大作家のたて続けの異常な死は社会に衝撃を与えた。
 川端がノーベル賞を受賞したのは1968年である。長年の作家活動が評価されたのであるが、東洋の神秘性を描いたことも受賞の理由の1つであった。川端がノーベル賞を受賞したこと自体は別に驚くことではなかった。川端は大正時代から名作といわれる作品を多く書いていたからである。特に「伊豆の踊子」「雪国」は国民的文学にまでなっている。
 私は川端の作品の中では「雪国」が最も好きである。「雪国」は傑作中の傑作であると思う。日本文学全体の中で考えても「雪国」は最高傑作の1つであろう。「雪国」のような作品はもう2度と現れないと思う。
 川端は文壇の大御所として存在感のある人だった。しかし、その境遇とは裏腹に非常に孤独な人であった。孤独を考えずに川端文学は語れない。実際に川端は幼い頃に両親を亡くし、15歳になる頃には身内がすべて死んで天涯孤独の身の上になった。その孤独の影は死ぬまでつきまとった。「伊豆の踊子」は孤独を抜きには語れない。
 孤独と同時に川端文学を語るのに不可欠なのがあの世のことである。「雪国」は川端本人があの世のことを書いたと言っている。<仏界入り易く、魔界入り難し>とは一休の書であるが、川端はこの言葉をよく口にした。川端にとって自然とはあの世との接点であったのかもしれない。
 川端の古典に対する造詣は相当に深いものである。古典の世界に没入することによって孤独を解消したのであろうか。それとも古典の世界を黄泉の国とでも思っていたのか。

 ノーベル賞受賞のとき、川端が行った講演のタイトルは「美しい日本の私」であった。川端はこの講演で一体何を言いたかったのであろうか。おそらく欧米の人たちには川端の講演はわからなかっただろう。それくらいこの講演の内容は日本の文化の深淵に迫っているからである。
 この講演は川端の自然に対する思いを凝縮したものである。と同時に川端文学を知る糸口になるものである。日本人の心情がいかに自然と一体になったものかを深く考察している。
 川端は日本の芸術について述べている。芸術とは和歌・茶道・華道・絵などである。冒頭、

 雲を出でて我にともなふ冬の月
  風や身にしむ雪や冷めたき 

 という明恵上人の歌が取り上げられ、明恵上人がいかに自然と合一しているかを川端は語る。和歌とは自然との合一を目指すものであると言っているようだ。和歌だけでなく、花にしろ、お茶にしろ自然との合一を目指すものであるとも言っている。
 興味深いのは死のことに言及していることだ。川端は芥川龍之介の死に関して<いかに現世を厭離するとも、自殺はさとりの姿ではない。いかに徳行高くとも、自殺者は大聖の域に遠い。>とそれ以前の随筆に自殺に対して否定的に書いているが、講演の中ではさらに一休が2度自殺を図ったことを述べている。一休が自殺を図ったことは川端には衝撃的であったらしい。自死の4年前のことと思うと感慨深い。
 さらに「源氏物語」「枕草子」などについても言及している。特に「源氏物語」は川端は小さい頃から愛読しており、「源氏物語」が和歌だけでなく美術工芸から造園にいたるまでの美の糧になると言っている。
 「美しい日本の私」は日本人の心がいかに自然と結びついたものかを語っているのである。私は自然について語るにおいて川端はつねに自然の向こうにある黄泉の国を見つめていたのではないかと思われてならない。

 「美しい日本の私」を読んで私は川端文学の神髄を認識し、そして美しい日本を見た思いがした。

にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へ


 「美しい日本の私」にはサイデンステッカーが英訳した英文が載っています。明恵上人の歌は以下のように訳されています。
 "Winter moon, coming from the clouds to keep me company, Is the wind piercing, the snow cold?"

美しい日本の私 (講談社現代新書 180)美しい日本の私 (講談社現代新書 180)
(1969/03/16)
川端 康成

商品詳細を見る

テーマ : 文明・文化&思想 - ジャンル : 学問・文化・芸術

Tag : 美しい日本の私