坂野潤治「明治デモクラシー」を読む

法務省
 戦前というと条件反射的に暗黒の時代であったというイメージが浮かぶ。これはどうしようもないことである。私が小さい頃に受けた教育がそうさせるのである。私は戦前の日本はとても悪かったと教わったのである。
 私が受けた歴史教育を簡単に記すと次のようである。戦前は天皇独裁で、天皇の側に軍部と官僚がはびこり、国家主義を浸透させていった。戦争は天皇の名のもとに行われ、戦争責任は天皇に当然ある。戦前には自由も平等も存在せず、まして基本的人権などというものも存在しなかった。民主主義という概念も戦後になって日本に植えつけられた。極めつけは中国・ソ連・北朝鮮は人間を非常に大事にする国で北朝鮮は夢の国だとも言われた。多くの人たちは私と同じような体験をもっているのではないだろうか。
 私自身年齢を重ねるうちに小さい頃に受けた歴史教育に疑問をもち始めた。本当に戦前の日本は悪の国であったのか。それならなぜ夏目漱石・森鴎外みたいな大文学者がでたのか。はたして本当に天皇に戦争責任はあるのか。それならなぜ天皇は極東裁判で裁かれなかったのか。
 戦後、日本を統治したGHQ司令長官のマッカサーにアメリカのトルーマン大統領が<日本を2度とアメリカの脅威にしないように>と指示した。実際アメリカは日本との戦争で多大な犠牲を払っていたのである。アメリカは日本の復活を心底恐れていた。
 この指示を受けてGHQがやった政策は徹底的に戦前の日本を否定することであった。教育もこの政策に則って行われた。アメリカは精神的支柱を失った魂の抜け殻みたいな日本人を作ろうとしたのである。かくして多くの日本人は戦前は悪だと刷り込みされたのである。
 戦後65年もたち、日本人は日本の本当の歴史を知る必要に迫られているのではないだろうか。教条的な歴史学者によって作られた歴史を見直す時期にきているのだと思う。私たちは寄って立つイデオロギーや思想にとらわれない客観的な歴史を欲しているのである。戦前の日本が悪であったことを客観的かつ論理的に説明してもらいたい。前提ありきの歴史観はもううんざりである。本当に未来を志向するなら歴史を正しく認識する必要がある。歴史を正しく認識できる歴史書が求められる。

 坂野潤治著「明治デモクラシー」はすばらしい本である。目からウロコの歴史書である。私はこの本を読んで、日本でデモクラシーの思想が根付いたのが今からはるか120年以上も前であったことに驚いた。その思想も今のデモクラシーの考え方とほとんど同じである。「大正デモクラシー」という言葉はきいたことがあるが筆者は明治デモクラシーの継続として大正デモクラシーをとらえている。私は明治に現代と似たデモクラシーの考え方があるとは知らなかった。
 現在の日本では政権交代が行われ、2大政党制なるものも実現されるようになってきた。2大政党制なるものはつい最近に作られた考え方だと思っていたが、この考え方は自由民権運動が始まった明治14(1881)年以降頻繁に論じられた。
 福沢諭吉の門下生で組織された交詢社の私擬憲法は天皇・内閣・国会に関してはまさに現代の憲法と同じである。天皇を国家元首としてはいるがそれはあくまで象徴的なもので、実際の行政は内閣・国会の連帯責任のもとで内閣が行うのである。ルソーの影響を受けた中江兆民の弟子である植木枝盛も私擬憲法を作っている。
 1889年に発布された大日本帝国憲法は一朝一夕にできたものではないのである。それまで喧々囂々の議論をベースにできたのである。そのベースとはまぎれもなく民主主義であった。
 福沢だけでなく徳富蘇峰・大隈重信なども民主的な憲法を考えていた。もしかしたら明治において現在の憲法と似たような憲法ができたかもしれないのである。

 民主主義は何もアメリカが日本に押し付けたものではないのである。現在の民主主義の思想は明治・大正・昭和の民主主義を土台にして発展したことを「明治デモクラシー」を読んで私は認識した。

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 写真は、法務省の建物です。法務省の建物ができる以前の江戸時代には米沢藩上杉家の藩邸があったと案内板に書いてありました。下記に紹介する坂野潤治と田原総一朗の対談集「大日本帝国の民主主義」を読んでも明治デモクラシーのエッセンスを感じ取ることができます。「明治デモクラシー」と併せて読まれることをお薦めします。

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テーマ : 歴史 - ジャンル : 学問・文化・芸術

Tag : 明治デモクラシー