須賀敦子「遠い朝の本たち」を読む

 思春期に読んだ本というものは特別で一生忘れられないものである。私は中学生までは本をまったく読まず、高校生になって俄然読み出した。学校まで電車通学であったので、行き帰りの電車の中で本を読んだ。そのとき、初めて文庫本というものを手にした。最初に読んだのは山本有三の「路傍の石」で、それを皮切りに、夏目漱石・森鴎外などを読み、特に松本清張は大好きで、新潮文庫の松本清張の本は片端から読んだ。外国文学ではパールバックの「大地」が印象に残っている。
 大学に入学してからは、本好きの病が膏肓(こうこう)に入り、授業にも出ないで大学の図書館で読書三昧をしていた。ドストエフスキー・太宰治の虜となり、寝ても覚めてもドストエフスキー・太宰治であった。
 大学を卒業して30年近くたつが、高校・大学時代に読んだ本のことは忘れない。郷愁を感じながら昔読んだ本を現在でも読み直している。私の思春期は本とともにあり、その後の人生に大きな影響を与えたのは確かである。
 私は大学時代、ロシア文学者の江川卓先生に質問をしたことがある。<先生、文学というものは役に立つものですか>と尋ねた。江川先生は<すぐには役には立たない。しかし、20年後、30年後には役に立つかもしれない>と答えてくれた。
 私はある時期、どうしようもなく苦しかった。そんなとき私を根底から支えてくれたのが、ラスコーリニコフであった。ラスコーリニコフは2人の人間を殺したあと、生きたいと願った。私はそのことを思い、<俺は苦しいけど、人殺しはしていない>と自分を勇気づけた。

 須賀敦子著「遠い朝の本たち」はすばらしい本である。須賀はイタリア語の翻訳家でエッセイストである。イタリア語にたいへん造詣が深く、川端康成・谷崎潤一郎の作品をイタリア語に翻訳している。あの江川卓先生も日本文学のロシア語訳は難しいと言っていた。
 「遠い朝の本たち」は須賀が小学生から大学生までの期間の読書を中心に書かれた随筆である。須賀は昭和4年の生まれであるから、太平洋戦争が始まる数年前から戦争後の数年間の思い出といってもよい。
 戦争中の4年間は日本人にとってはつらい時期であった。国だけでなく、日本人1人ひとりが方向性を失った時期ではなかったのか。そんな中でも、ミッションスクールに通う須賀は、本に夢中になり、本からその後の長い人生を生きるための血なり肉なりを与えられたのである。
 たくさんの本を須賀は読み、それらの本について感想を書いているが、特に、3人の作家の本については思い入れ深く言及している。その1人は、アン・モロウ・リンドバーグである。アンは大西洋を初めて単独飛行した<翼よ、あれがパリの灯だ>のリンドバーグの夫人である。須賀は彼女の書いた本を読んで深く感動している。
 もう1人はサン・テグジュペリである。サン・テグジュペリも飛行機乗りで、第2次世界大戦に偵察機に乗ってそのまま帰らぬ人となった。「星の王子様」がたいへん有名であるが、須賀は「夜間飛行」など他の作品も激賞している。
 最後の1人は、森鴎外である。須賀が翻訳家になるにあたって、鴎外には影響されたようだ。鴎外は作家としてだけでなく翻訳家としても優れていた。アンデルセンの鴎外訳「即興詩人」は原作よりもすばらしいといわれている。
 須賀の思い出はすべて本と結びついている。本によって須賀の人生が決定したようであり、だからこそ須賀の人生は豊かであったように思う。戦争中の暗い時代も戦後の混沌とした時代も、本を読むことで須賀は自分を見失うこともなく生き抜いた。

 「遠い朝の本たち」を読むと本とは何とすばらしいものであるかと再認識した。<文学は役に立つのですか>という質問がいかに馬鹿げているかがよくわかる。

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