中村正直訳「西国立志編」(サミュエル・スマイルズ)を読む

文京区湯島「旧岩崎邸庭園」 中村正直訳の「西国立志編」はサミュエル・スマイルズの「SELF HELP」を翻訳したものである。別名「自助論」ともいう。
 私はこの本を読んで深く感動した。そして50歳を過ぎた私でも体中に力が漲(みなぎ)のを感じた。この本は間違いなく読んだ人に勇気を与える本だと思った。
 この本は明治になって間もない明治4年に出版された。大ベストセラーになった。世の中が激変し、生きる指針を求めていた人たちがこぞって読んだのであろう。たくさんの人たちがこの本を読んで、勇気をもらい刻苦勉励・艱難辛苦・臥薪嘗胆・七転八起・捲土重来・堅忍不抜・隠忍自重・獅子奮迅の四字熟語の精神で勉学・仕事に励んだに違いない。

 訳者の中村正直は、天保3年(1832年)、江戸で下級武士の子として生まれた。神童といわれ、17歳で幕府の最高学府である昌平坂学問所(聖堂)に入学する。31歳という若さで御儒者に任ぜられた。幕府は慶応2年(1866年)に旗本などから優秀な人間を12人選びだし、英国に留学させた。その1人が中村であった。
 1868年、幕府は瓦解し、中村は日本へと帰国する。英国を去るとき、イギリス人の友人から渡されたものがスマイルズの「SELF HELP」であった。中村は帰りの船の中で、この本を何度も何度も読み感動した。中村はなぜ英国があれほどまで豊かな国になったかがわかった気がした。そして、この本を翻訳して出版しようと決心した。

 「西国立志編」は文語で書かれているが、現在の人が読んでも非常に示唆に富む。というよりも現代だからこそその価値がより高いのではないかとも思わせてくれる。
 「SELF HELP」はキリスト教すなわち聖書の「天は自ら助くる者を助く」からきている。「西国立志編」の要旨を一言でいうと、「人はいかに生きるべきか」を歴史上のいろいろな分野の偉人たちを例にとって説いていることである。まさにいろいろな偉人たちがいる。よく知られているところでは、物理学のガリレオ、数学・物理学のニュートン、天文学のケプラー、蒸気のワット、政治家・理学のフランクリン、文学のスコット、ナポレオンをやぶったウエリントン、化学のファラディ、そして彫刻のミケランジェロなどである。その他にもたくさんの偉人たちが登場する。
 私がこの本を読んで、歴史に名を残す人たちがなぜ偉人になれたかを考えると大きく次のような結論を得る。すなわち、
1 決して目標を見失わない
2 決してくじけない
3 どんな苦労も厭わない
4 弱い人にやさしい
5 富のために勉強をしたのではない

 中村正直は儒学を若いときに学び、その後西洋の学問をやった人であるから、いわゆる儒教臭さがあるが、この本を読むと人が生きていく上で大事なことに関しては儒学も西洋も同じであるような気がした。おそらくスマイルズが「SELF HELP]で一番いいたかったことは、人はジェントルマンたれということだと私は感じた。
 中村もこのジェントルマンに対してはたいへん感動したらしく、ジェントルマンを扱った章では熱く語っているように見受けられた。少しそのジェントルマンの章に書かれたものを見てみよう。

第13編23 ジェントルメン(君子)の義
「真正のジェントルメン(君子)は、極善の義範をもってその身を鋳造せるものなり。古来爵位あり権勢ある人を称して、ジェントルメンといえり。ジェントルは、温厚、和平、善良、醇雅の数義を含める辞(ことば)にして、メンは、人という義なり。位ある人は、必ず徳あるべき理なるがゆえに、これを貴人(きにん)の通称のごとくに用うる辞とはなれり。」

 ジェントルマンの本質は徳である。徳とは公平で、温和でそして人を思いやることである。中村はジェントルマンを君子と訳しているが、おそらく同じ概念なのだろう。私は逆にこの本を読んで君子とは何かがわかった気がした。

 私はこの本を読んで、成功とはあくまでも結果なのだとも思った。志をもって、誠心誠意徳を積みながら努力する。結果として成功しているということだ。
 この本は現在はやりの安直な生き方のマニュアル本とは全く別のものである。やはり、人はジェントルマンすなわち徳をもって鋭意努力しなければならないと訴えているのだ。
 ぜひとも現代の人に読んでほしい本である。

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ジョサイア・コンドル 写真上:文京区湯島「旧岩崎邸庭園」。三菱の創設者、岩崎弥太郎の長男久弥(ひさや)が明治29(1896)年に本邸として建築しました。設計者は日本の近代建築史に名を残すジョサイア・コンドル(写真左:東京大学構内に銅像があります)。久弥氏は慶應義塾普通部を経てアメリカペンシルベニア大学を卒業しました。明治29年三菱合資会社社長に就任し、殖産産業、重工業などの産業を発展させました。たぶん久弥氏もこの本に感銘を受けた1人だろう。

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