江沢洋「理科が危ない」を読む

 東日本大震災以来、原子力発電に対する非難はすさまじい。連日、原子力発電と放射能のことがニュースの中心になっている。
 今や、原子力発電が日本人の最大の関心事になっている観を呈しているが、はたして、どれだけの人が原子力についての正しい認識を持っているのであろうか。そもそも原子力とは一体何なのかを知っているのであろうか。
 ウランやプルトニウムがなぜ巨大なエネルギーを生むことができるのであろうか。アインシュタインは1905年に相対性理論を発表した。その相対性理論の中で、質量がエネルギーに変換されることを示した。質量がエネルギーに変わると、そのエネルギーは膨大なものになる。原子核が2つの物質に分裂すると、2つの物質の質量の和は、もとの原子核の質量の和よりも小さい。減少した質量はエネルギーに変わっている。そのエネルギーが原子力である。
 以上のことは高等学校の物理で学習する。震災以後、物知り顔で原子力発電を非難する人たちが増えたが、せめて原子力とはどのようなものであるかを説明できるようにしたいものである。
 生徒の理科離れがいわれて久しい。生徒の学力低下と同様に理科離れは由々しき問題である。高等学校において現在では、物理の履修者は20%を割り込んでいる。1970年では、90%を超えていたことを考えると隔世の感がある。5人のうちの4人が物理を学習していないのである。物理は自然科学の土台になっているものである。物理がわからなければ化学・地学がわからず、化学がわからなければ生物・地学がわからないのである。これで日本は科学立国になれるのであろうか。今回の震災で日本の科学技術の脆弱さが露呈したのではないのか。真剣に物理離れは議論されるべきである。

 江沢洋の「理科は危ない」は生徒・学生の理科特に物理離れに対して、いかにしたら科学に対して興味をもたせられるかを論じた本である。江沢は旧制高校出身の理論物理学者である。江沢は物理離れを心から憂慮している。
 江沢はよくある安易な受験勉強批判や暗記勉強批判は展開していない。受験勉強だろうが、暗記だろうが必要なことであるとしている。江沢が主張しているのは<勉強とは本来自分で行う>ということである。
 現在の日本の教育において、最も問題なのは、<勉強とは教わることだ>と考えられていることである。勉強は学校・塾・予備校で教わるものであると思われていることに江沢は強く警鐘を鳴らしている。学校・塾・予備校が教えてくれる問題にはすべて答えがある。そんな状況で、疑問など起こりようがないのである。生徒たちは知的欲求からでなく、試験に合格するために勉強している。江沢は自分の意志で対象を教科書意外まで広めて勉強するくらいにならなければだめだといっている。
 この本の中で、経済学者の野口悠紀雄について言及している。野口は現在の日本では最高の部類にはいる経済学者である。私は野口の書いたものを読むのが好きである。難しいことも論理的にわかりやすく説明されている。私は野口の書いたものを読むたびに、野口がたいへん頭のよい人だと感心する。
 野口は高校時代、高木貞治の「解析概論」やカントールの集合論を勉強していたという。当然、強制されたものではなく、野口の自由意志で勉強している。江沢はこのような勉強が本当な勉強だという。
 江沢自身、旧制の中学・高校時代は学校で習う意外のことを勉強をしている。その勉強とは科学に関した雑誌や本を読むことであった。それによって江沢は物理学者になろうとしたのである。
 自由に自分の意志で科学の勉強ができる環境を作ることが必要だと江沢は力説するのである。

 大発見は自由な勉強から生まれる。勉強のやり方を本気になって考えなくてはいけない時期にきている。

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理科が危ない―明日のために 理科が危ない―明日のために
(2001/06/30)
江沢 洋

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テーマ : 自然科学 - ジャンル : 学問・文化・芸術

Tag : 理科が危ない