エメェ・アンベール「絵で見る幕末日本」を読む

高輪東禅寺三重塔 1858(安政5)年の日米修好通商条約の締結によって、日本は本格的に開国した。それ以後、日本はアメリカとだけでなく、他の西洋諸国とも同様な条約を締結した。
 多くの外国人が日本に来るようになった。しかし、それと軌を一にして日本の国内では攘夷運動が一層盛り上がった。朝廷を始めとして多くの大名たちは開国に反対した。大老の井伊直弼は天皇の勅許もとらずに強引に条約を締結した。それが攘夷運動が燃え上がる大きなきっかけになった。攘夷運動はやがて倒幕運動に変わった。
 強引に条約を結んだ井伊大老の行動が賢明であったかどうかはさておいて、条約によっていくつかの港が開港し、外国との往来が始まった。
 横浜は条約締結の翌年に開港され、外国人たちの居留地になった。この居留地はさながら外国のようであった。横浜で流通していたのはオランダ語ではなく、英語であった。福沢諭吉は横浜に行ったとき、世界で通用するのはオランダ語ではなく、英語であることを知り、死にもの狂いで覚えたオランダ語を捨て、英語を必死で学んだ。その後の福沢の行動を考えるだけでも、横浜開港が近代日本を築く上で、大いなる貢献をしたことがわかるであろう。横浜の掃部山には井伊直弼の銅像が現在でも立っている。井伊直弼は横浜の恩人であるのだ。
 幕末に来た外国人は西洋の文物を日本に持ち込むだけでなく、貴重なものも残してくれた。それは当時の日本のことを綴った見聞記である。現在の私たちはこれらの見聞記を読むことで、当時の日本の客観的な姿を知ることができる。
 私はこれらのいくつかの見聞記を読んで、江戸時代の日本は世界にまれな平和で豊かな国であることを知った。見聞記を書いた外国人たちは、世界各地を回っている人が多く、それらの国と比較して、日本は天国のようだといっている。何よりも日本人には笑顔があるという。特に日本の子供たちはいつも笑顔を絶やさなかった。当時の世界では、子供たちが笑顔を振りまく国はめずらしかったのである。

 数ある見聞記には、絵をふんだんに用いたものもある。エメェ・アンベールの「絵で見る幕末日本」である。この見聞記には、著者のアンベールが描いた当時の日本の風物の絵がたくさん載せられている。
 アンベールはスイスの時計を扱う商人でありなおかつ外交官である。江戸幕府が各国と通商条約を結ぶとスイスも負けじと日本と条約を結ぼうとして、アンベールたちを日本に派遣した。時は1863(文久3)年である。一行は長崎に寄港し、それから横浜・江戸へと向かった。幕府とは交渉の上、めでたく通商条約を結ぶことができた。
 「絵で見る幕末日本」は絵と文章とともに、日本とはどのような国かを紹介したもので、ヨーロッパの人たちに読ませるために出版された。
 アンベールが長崎に着いたとき、まず、彼を驚かせたのが、長崎の自然の美しさであった。長崎の自然の美しさは、西洋の国で唯一日本と貿易を許されたオランダ人から、ヨーロッパに伝わっていたらしいが、アンベールは実際に、長崎の自然を見て、その美しさに感動している。長崎だけではなく、彼の見た日本の自然の美しさに感動している。
 アンベールの一行は長崎を後にして、横浜に向かった。横浜には船で行くのであるが、瀬戸内海を通った。そのとき、現在の香川県の多度津港に寄港し、丸亀城を見たと記している。山の上に聳える丸亀城が絵に描かれている。
 一行は横浜に着くと、オランダの領事館に逗留した。横浜は開港して間もないが、西洋風の家が次々と建てられていた。
 横浜にしばらく逗留した後、一行はいよいよ江戸に入った。この見聞記では江戸の町のことを詳しく書いている。アンベールが江戸に入ったときは、攘夷運動真っ盛りで、攘夷を訴える浪人たちが跋扈していた。浪人たちが外国の領事館や外国人を襲う事件が頻発した。アメリカ公使館の通訳であったヒュースケンも1861(文久元)年に殺されている。ヒュースケンはアメリカ公使ハリスの右腕といわれた有能な人であった。
 外国人にとってはとてつもなく物騒極まりない江戸の町であったが、アンベールはそのことにはあまり触れずに江戸の町の至るところに顔を出している。
 高輪と愛宕下・江戸城の周辺・日本橋を中心とした商人の町・江戸の橋・江戸の芸術品と工業製品・江戸庶民の娯楽・祭りと祭日・浅草と吉原などについてきめ細かく書かれている。私はこれらの絵と文章は間違いなく歴史の一級資料になると感じた。
 アンベールは、演劇などは西洋にはるかに劣るが、日本人の手の器用さを褒めている。将来、日本が優れた工業国になることを予見しているのである。

 当時の江戸の人口はアンベールによると180万人らしい。そのほとんどが、幸福に暮らしているように見えたとアンベールは記している。

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テーマ : 歴史・時代小説 - ジャンル : 本・雑誌

Tag : エメェ・アンベール 絵で見る幕末日本