戦後70年、先の大戦をあらためて考える

 前回に引き続き、戦後70年を考えるために、これまでに読んだ本と、現場に足を運んで関係者から聞いた話や数々見学した遺品を参考にして書きます。

 まず初めに、前回も書いた安保法案のその後の感想を述べます。
 安全保障法案も衆議院を通過し、参議院でも審議が始まりました。衆議院を通過したということで、在京の一部の報道番組は、安倍政権を倒すために、口汚く罵るような言動も見受けられるようになりましたが、そんな中、安倍総理自ら報道番組に出演して、法案の運営について述べています。また、時間が経つにつれ、法案に賛成の学者や有識者がテレビの討論番組で、偏狭的な平和論を述べる反対派に歴史ファクトを用いて論破している場面も増えてきました。

 これまで、国論を二分にする議論、例えばTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)は、当初、農作物の完全自由化反対で農業が壊滅な状況になると、国際情勢もわからない学者がテレビで滔々と持論を展開していましたが、時間が進むにつれて、それらの学者は今では声も挙げません。アベノミクスも同じです。実際に株価が上がり、税収が増え、企業の業績が回復し、雇用状況が改善すると、それまでハイパーインフレになると喧伝していた経済評論家や学者は今は口を閉ざしています。おもしろいのは、この二つの例で反対していた学者や評論家は、現在は安保法案に反対しています。結論からいうと、これらの輩は何か自分の考えを持っているのではなく思考停止状態で、日本政府に荒唐無稽な話を持ち出して売名行為をしているだけなのです。もちろんこれらの学者や評論家は原発再稼働や沖縄辺野古米軍基地移設にも反対です。

 これらから考察できるのは、安倍総理は、政治信念が揺らぐことなく前に進んでいるということです。マスコミは最後の砦にしている支持率低下で攻勢を強めていますが、先にも述べたように時間が解決してくれます。なぜなら、安倍政権は外交、内政に対して結果を出しているからです。政治とは数学的にいうと時間の関数なのです。

 さて、反対する人の常套手段はレッテル貼りです。今回も法案に反対の報道番組のキャスターは「民主主義の崩壊だ」「強行採決」「戦争法案」などなど正義感ぶって、公共電波を利用して垂れ流ししています。公共電波の秩序の枠を通り越して誹謗中傷している感じです。だれをターゲットにして放送しているのかはわかりませんが、教養の無さが透けて見えます。近代史・現代史を勉強して番組に出演してほしいものです。

 実はこのような状況は、太平洋戦争が終結したときも、軍部に関係していた人に対してレッテル貼りが横行しました。芸術家においても、戦況が次第に激化する中で、戦争遂行のために芸術とくに美術が有効な役割を果たすものと考えられ、陸海軍から派遣された画家や、従軍画家と呼ばれた画家は、日本画家、洋画家を合わせて80名以上いました。目的は国策に協力して戦意高揚をさせることと、作戦を記録することでした。

 写真下は、従軍画家と呼ばれた藤田嗣治の画集に出ている「サイパン島同胞臣節を全うす」です。この画集は、平成18(2006)年に藤田嗣治生誕120年あたり、これを記念する展示会で購入したものです。

藤田嗣治 サイパン島同胞臣節を全うす 1945年


 藤田作品はどれもこれも大好きなので、記憶に留めて置くために目を凝らして、時間をかけて鑑賞しました。そんな中で、壁に掛けられている幾つかの巨大な戦争画を見たときは衝撃が走りました。どのような方向から見ても戦争を賛美する絵とはとても思えず、戦争とは悲惨なものであるとひしひしと伝わってきました。戦争画を凝視していくと、民衆の表情は何に例えればいいのかわかりませんが、ただ座って無表情に描かれており、それらが一層に戦争の恐怖を表しているかのようでした。二度と戦争をしていはいけないというメッセージにも聞こえてくるようでした。

「サイパン島同胞臣節を全うす」の解説文には次のように書いてあります。引用します。< 1944年6月から7月にかけて、本土空襲の拠点となるサイパン島をかけて日米両軍が死闘が繰り広げられたが、日本軍は4万人を越える犠牲者を出して壊滅。悲劇はその直後に起こった。追い詰められた民間人が、後に「バンザイ・クリフ」と呼ばれることになる崖から次々に身を投げて自決したのである。藤田はこの悲劇を、死を覚悟してなお毅然とした態度をとる民衆の姿を描き出した。・・・>

 写真下は、千代田区六番町に建っている藤田嗣治の旧居跡地の案内板です。案内板には次のように記されています。

千代田区六番町 藤田嗣治旧居跡


<孤高の国際的洋画家 藤田嗣治(1886-1968)旧居跡
 藤田嗣治は、明治十九年十一月二十七日、東京牛込に生まれた。
 大正二年パリに渡り、やがてエコール・ド・パリの代表的な画家として活躍。日本人で初めて国際的な評価を得た洋画家であった。とくに彼の描く「乳白色の肌」は、他の追随を許さない独自の画風であった。
 昭和十二年七月、この地にアトリエを新築。昭和十九年に小淵村へ疎開するまで居住した。この頃に君代夫人と結婚し、新婚生活をこの地で過ごしました。また軍部の依頼でこの時期から多くの戦争記録画を制作したが、戦後そのために糾弾される。昭和二十四年渡米した後フランスに渡り、再び日本へ戻ることはなかった。
 晩年はフランスに帰化し、レオナール・フジタとして昭和四十三年一月二十九日、チューリッヒで死去した。享年八十一歳。>
 写真下は、藤田嗣治の代表する作品の一つである「カフェにて」です。

藤田嗣治 カフェにて 1949-63年


 従軍画家といわれた作品は、藤田嗣治以外にも、宮本三郎小磯良平らの作品を鑑賞しています。展示会にも足繁く通っています。写真下は、石川県小松市に建っている小松市宮本三郎美術館です。下は、展示会で購入した宮本三郎小磯良平の作品のポストカードです。

小松市立宮本三郎美術館

右 小磯良平 着物の女 1936年 左 宮本三郎 ヴィーナスの粧い 1971年

右:小磯良平 着物の女 1936年 左:宮本三郎 ヴィーナスの粧い 1971年

 現在では、宮本三郎、小磯良平も日本代表する画家です。戦争に駆り出された画家が残した遺品は貴重なもので、これらの絵画からは、戦争を賛美する光景はなく、ただ戦争は愚かなものだということだけが伝わってくるものばかりです。
 だから、後世の人も称賛する名画が描けるのです。そこには戦争を賛美する目的などさらさらなく、自身が持っている戦争観と人生観で描いたからです。このような生きた教材は、学校の授業の中でも議論してほしいものです。

 そういえば、小説でもやたらに「革命」「闘争」「弾圧」「階級」など断定的な言葉を並べたプロレタリア文学が戦前のエリート学生に支持されました。しかし、今では熱に浮かされた人を残してほとんどの一般人は振り向きません。もちろん名著とは呼ばれません。

  「名著を読む」では、次に挙げた感想文が戦争に関するものです。これらの本だけでも戦争についてや憲法の成り立ちについて、国連加盟など多くのことが書かれ、知ることができます。また、戦前アメリカに渡って、彼の地で事業を立ち上げ順調に軌道に乗っていた矢先に日本人排斥で事業が終わった人や台湾、満州国で事業を行い敗戦後没収された人もいました。読んで何を思うかは自由です。自分で自分の意志が伝えられるようになってほしいものです。

 併せて読むと、日本人の戦争に対する考え方がわかります。

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 日本文学・世界文学の中からたいへん有名な名作の感想文を載せました。まず、感想文を読んでから、名作そのものを読むことをおすすめします。名作というのは長きに渡って読む継がれたもので、人類の財産といってもよいものです。名作を読むと教養が身に付くだけでなく、心を豊かにしてくれます。名作は未来永劫光り輝き続けます。この世に生をうけて、名作を読まないのは寂しいことです。
 「名作を読む」は今回が第一弾ですが、これからも継続していきます。


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Tag : 戦後70年 藤田嗣治 宮本三郎 小磯良平 従軍画家

戦後70年を迎えて、改めて戦争について考える

 戦後70年が話題なので、今まで読んだ本の中から、太平洋戦争に関連する本を抜粋してまとめました。これから、各地で戦後70年のイベントが開かれると思います。戦争を知らない人はただ反省や怒るのではなく、冷静な目をもって客観的に受け止めてください。
 客観的に受け止めるとは、いろいろな方面から考えることです。歴史には事実はありますが正解はありません。

港区 日本国憲法草案審議の地

 今、国会で安全保障関連法案が審議されていますが、審議時間を積み重ねても国民の理解は深まっていないようです。法案を廃案にしたい政治家・学者・一部マスコミはしきりに「違憲」「戦争する国」「国民への説明が足りない」ことを大義名分にして訴えています。
 
 久しぶりに国論を二分する議題が現れ、若者の政治離れが心配とよく耳にしますが、さすが、憲法に関わる問題は若者でも関心があるようです。仕事をしながらよく国会中継を見ていますが、政治家の国家観の無さには少々驚かせます。国会中継を見ながら、いろいろな疑問が頭をよぎりました。以下は細かいことは抜きにして、国民に理解させるとはという観点から疑問点を箇条書きに書いてみます。
  •  なぜこれほど重大な法案を、平日の昼間に議論するのか。ご存知平日の昼間は国民のほとんどは勤めて働いています。これで国民への説明は大丈夫なのか?
  •  だれでもが知りたい核心部分が議論されていない。核心部分とはホルムズ海峡の掃海艇派遣ではなく、日本周辺の東シナ海、南シナ海の有事です。これらについて政治家・学者・マスコミは述べていない。
  •  自衛権や集団自衛権の適用条件や武器使用のルールについて、具体的に国民に説明してよいのか。最初から手の内を見せてどうするのか?機密は保持されるのか?
  •  在京の一部のニュース番組は、真っ向から法案を批判しています。ではなぜ、国民に理解させるという観点から時間を延長して賛成派と反対派を呼んで特別番組を制作しないのか。マスコミは両論併記が原則のはずなのに、「国民への説明が足りない」や「戦争をしない国」から「戦争をする国」への重大な岐路に立っていると口にしているにもかかわらず、賛成派の意見を国民に向かって伝えないのは怠慢のように思えるがいかがなものか。
     政治家がマスコミを批判すると言論の自由の侵害と喚きたてますが、マスコミは政治の横暴を許さないための批判は使命と思い、国民に判断させるための情報提供は疎かにしているのはいかがなものなのか。
以上が、大きな疑問です。

 報道番組を見て、おやと思うのは若者が国会前でデモを行っている姿です。もちろん、誰でもが政治に関心を持ち、自分の意見を発信することは民主主義の日本では自由です。懸念しているのは、大学入試の選択科目である日本史や政治・経済を選択しないで入学した学生が、日本国憲法についてどの程度の理解があるかということです。理解しているのら何らかまいませんが、担当教授のすすめがあったら論外です。

 日本国憲法について理解を深めようと考えている人は、憲法の字面だけ読むだけでなく、安全保障とは、日本国憲法の成り立ちは、どのようにして2回の世界大戦が勃発したのか、敗戦した日本は世界からどのような目で見られていたか、などなど近代の歴史を理解する必要があります。もちろん戦後の日本の歩みも勉強してください。

 いかにも見てきたように戦前のことを例えて喋る戦後生まれのジャーナリストや安直なコメンテーターが、感情的な知識不足から生じる間違った主張は明らかに国民にとって有害です。一番怖のは雰囲気に流されることなのです。

 「名著を読む」では、次に挙げた感想文が戦争に関するものです。これらの本だけでも戦争についてや憲法の成り立ちについて、国連加盟など多くのことが書かれ、知ることができます。また、戦前アメリカに渡って、彼の地で事業を立ち上げ順調に軌道に乗っていた矢先に日本人排斥で事業が終わった人や台湾、満州国で事業を行い敗戦後没収された人もいました。読んで何を思うかは自由です。自分で自分の意志が伝えられるようになってほしいものです。

 写真上は、港区に建っている「日本国憲法草案審議の地」です。次のように記されています。
< この地は、昭和二十一年(1946年)二月、連合国軍総司令部と、日本国政府との間で、日本国憲法草案について審議された跡地である。
 この地には((財)原田積善会の本部があり、戦後は外務大臣官邸として使用されていた。)当事者は総司令部側代表としては、民生局長ホイットニー准将、民生局次長ケーディース大佐の両名で、日本側は、当時の外務大臣吉田茂と法務大臣松本烝治であった。>

豊島区 巣鴨プリズンの跡地

 写真上は、第二次世界大戦後に設置された戦争犯罪人(戦犯)の収容施設巣鴨プリズンがあった場所に建つ慰霊碑「平和の碑」です。現在は巣鴨プリズンの跡地はサンシャインシティとして再開発され、処刑場周辺は東池袋中央公園として整備されました。慰霊碑には「永遠の平和を願って」と彫られています。巣鴨プリズンで、極東国際軍事裁判により、1948年12月23日に死刑判決を受けた東条英機ら七名が死刑の執行が行われました。
 巣鴨プリズンは、もともと巣鴨監獄、巣鴨刑務所であり、関東大震災で被害を受けた刑務所は、府中に移転しました。第二次世界大戦中には、思想犯や反戦運動に関わった人が拘置されていました。ゾルゲ事件のゾルゲと尾崎秀美(ほつみ)は、この地で死刑の執行が行われました。
 1958年5月、最後の戦犯18名が釈放され閉鎖されました。なお、最も収容者数が多かったのは1950年1月で、1862名の戦犯が収容されていました。

渋谷区 2.26事件慰霊碑

 写真上は、渋谷区に建立されている2.26事件慰霊碑です。説明文には次のように記されています。
<昭和11年2月26日未明、東京衛戌の歩兵第一第三連隊を主体とする千五百余の兵力が、かねて昭和維新断行を企図していた、野中四郎大尉等青年将校に率いられて決起した。
当時東京は晩冬にしては異例の大雪であった。
決起部隊は積雪を蹴って重臣を襲撃し総理大臣官邸陸軍省警視庁等を占拠した。
斎藤内大臣高橋大蔵大臣渡邊教育総監は此の襲撃に遭って斃れ、鈴木侍従長は重傷を負い岡田総理大臣牧野前内大臣は危うく難を免れた。
此の間、重臣警備の任に当たっていた警察官のうち5名が殉職した。
決起部隊に対する処置は四日間に穏便説得工作から紆余曲折して強硬武力鎮圧に変転したが2月29日、軍隊相撃は避けられ事件は無血裡に終結した。
世に是を二・二六事件という。・・・・・・>

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