羽佐田直道「小説 三井高利」を読む

三重県松阪市 三井家発祥地

 日々、新しい会社が立ち上がるが、そのほとんどが3年ももたない。大企業に成長する確率は、それこそ宝くじの一等に当たるより低いのではあるまいか。
 しかし、生き残る会社は生き残る。日本には100年以上存続している会社は五万とあるし、中には500年以上も存続している企業もある。
 江戸時代、日本の社会は建前上、士農工商という身分社会であった。武士の身分が一番高く、次に農民・職人・商人と続く。商人は表向き身分が一番低かった。商品を右から左に動かすだけで利益を得るからである。売るということがいかに大変かを江戸幕府は知らなかったらしい。身分が低いからといっても、商人の力は絶大であった。
 明治維新はブルジョア革命かという議論がある。尊皇攘夷だけで果たして維新が遂行できたか。徳川幕府を倒すには理念だけでは何ともならない。兵を動かすには多額の軍資金が必要である。その軍資金は誰が出したか。豪商といわれる人たちである。実は、官軍といわれる討幕軍のスポンサーは、身分が一番低い商人たちであったのだ。
 では、なぜ商人たちは官軍のスポンサーになったのか。自分たちを卑しめた幕府が憎かったからか。そうではなく、幕藩体制のままだったら、国が亡びると、大商人たちはするどい経営感覚で感じとっていたのである。
 江戸時代には、札差という金融業があった。札差は武士たちに金を貸して、暴利を貪り、莫大な利益を上げていた。1つぐらい札差の中から、明治にも生き残って大銀行でも作ればよかったが、札差は幕府の瓦解とともに消えてしまった。
 ところが、同じ金融業でも越後屋は明治まで生き残り、三井銀行に変身して、日本の国を豊かにする原動力となった。
 札差と越後屋の違いは何だったのか。これは長い間の疑問であったが、羽佐田直道の「小説 三井高利」を読んで氷解した。

松阪城跡

 現代の三井グループは、300年以上前に日本橋に創業した越後屋をそのルーツとする。なぜ300年以上も企業が存続し、なおかつかくも巨大になったのか、誰もがそのノウハウを知りたいところだ。
 「小説 三井高利」はいわゆる越後屋の創業者の三井高利の伝記風の小説であるが、中身はかなり経営本に近い。ただ、他の経営本と決定的に違うのは、この小説では、大商店に成長した越後屋に対して、晩年の高利が深い悩みを抱いているということである。その悩みを聞くのが、何と、松尾芭蕉である。
 著者の羽佐田は、巨人といわれた数々の伝説の経営者に雑誌記者としてインタビューし、自らも書店の経営に携わったという経験の持ち主で、経営者の内面を深く追求すべき、この小説を書いたのであろう。だからこそ小説の形態にし、松尾芭蕉を登場させたのかもしれない。越後屋の成功譚など、西鶴の「日本永代蔵」を出すまでもなくいろいろと書かれている。この小説のすばらしいところは、功成り名を遂げても、高利が越後屋の未来を心配しているところにある。越後屋の未来はとりもなおさず日本の未来である。
 とにかく経営者はこの本を一度は目を通すべきだろう。示唆するところ大である。
 私がこの本で最も感動したのは、金融業として大名貸しをした高利が、大名貸しに見切りをつけて、本格的に呉服店を江戸で経営することを決意するくだりである。
 高利は大名貸しを非生産的だと見なす。高利は、金を融通するのは、何か新しいものを生み出す投資にならなければという信念をもっていた。大名に貸した金はただ赤字補てんのために消えるばかりである。
 投資は、狭くは自分の住む土地を豊かにし、広くは日本を豊かにするものであると高利は考えていた。17世紀後半に、高利は銀行業の本質をとらえていたのである。ここが、札差とは多きな違いである。

 士農工商といって、商人を蔑んだ幕府ではあるが、三井高利のような真の実業家を生んだ江戸時代もなかなかの時代だと思う。

本居宣長旧邸


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