磯田道史「龍馬史」を読む

品川区立会川駅前の公園に建っている坂本龍馬像


 歴史上、誰が好きかというアンケートをとると、いつであってもトップになるのは坂本龍馬である。ただ、この「いつ」というのには条件が付く。司馬遼太郎が「龍馬がゆく」を書いた以降である。
 龍馬の人気はすさまじいもので。テレビでは何度もドラマ化され、龍馬に関しての本は数え切れないぐらい出版されている。何故龍馬は人気があるのか。「龍馬がゆく」が龍馬をヒーローとして描いたからだといってしまえば、それまでだが、「龍馬がゆく」の細部はほとんどがフィクションに近い。それは当たり前のことで、小説家は人物をいかに魅力的に描くかが重要な仕事だからだ。人物の思想・行動原理を深く論理的に追求することはあまりしない。龍馬の思想・行動の原理を「龍馬がゆく」から読みとるのはかなり難しい。これは、司馬が師と仰ぐ子母沢寛の「勝海舟」にもいえる。この本では主人公勝海舟ほたいへん魅力的な人物と描かれているが、細部はほとんどフィクションである。うっかり史実として信用したらとんでもないことになる。

 もうはるか遠い昔になるが、私が大学で近代史の授業を受けたとき、教授が「最近、卒業論文に参考文献として司馬遼太郎の小説をあげる人がけっこういる。これはいかんよ。」と言った。この言葉を聞いて、私はカチンときたのだが、今になって思えば教授のいったことは正しいと思わざるを得ない。ただ、「龍馬がゆく」「勝海舟」にしろ坂本龍馬・勝海舟に興味を起こさせるにはすばらしい本である。

品川区立会川駅前の公園に建っている坂本龍馬説明文

品川区立会川駅前の公園に建っている坂本龍馬案内図


 それでは、龍馬の思想・行動原理を知るにはどうすればよいのか。専門的な研究者の本を読むことだが、その内容の論理展開が龍馬の自筆の手紙を根拠としているならば鬼に金棒である。自筆の手紙こそ、史実を知る上での最高の資料である。磯田道史の「龍馬史」はそのような意味において、龍馬の思想・行動原理を知る上で最適な本である。著者の磯田はよくテレビの歴史番組のコメンテーターとして登場するが、研究者としては一流で、私は「武士の家計簿」を読んで、すっかりファンになった。「龍馬史」は龍馬の自筆の手紙をすべて読み真の龍馬の人物像を追求したものである。

 私がこの本を読んで、深く納得したのは次の3点である。
1.龍馬が海軍と外国の貿易とを最重要視した。
2.幕末の動乱において、イギリスが深く関与している。
3.幕府見廻組が龍馬を暗殺したという説を完膚なきまでに証明した。

 1では龍馬の師である勝海舟の受け売りのように思われるが、龍馬は海舟以上に貿易の必要性を指摘した。私は龍馬は海舟の主張を行動原理として動いていたと思ったが、それは違うことがわかった。龍馬は海舟よりも国家のイメージが明確で幅も広い。三岡八郎(後の由利公正)とは何度か新国家の財政はどうあるべきかを議論している。ここまでは海舟もあまり考えていなかった。
 2については最近、新政府軍の黒幕はイギリスで、幕府軍と対峙する際、イギリスがかなりの資金援助をしたという説が出てきた。私はこの説はかなり真実に近いのではないかと思っている。磯田は黒幕とはいってないがイギリスが武器の調達にかなり便宜を計っており、その間に介在した中心人物が龍馬であったことを指摘している。幕末・維新においてイギリスと日本は想像以上に親密であったと私は思っている。そうでないとあの日英同盟が考えられないからだ。磯田には別の本で幕府・維新においてのイギリス・日本との関係を詳しく述べてほしい。
 3は、私にとって非常に残念な内容である。私はさしたる確証もなく、状況判断で龍馬を暗殺したのは薩摩藩ではないかと推測していたからだ。私は磯田の論証によって、薩摩藩説を取り下げるしかない。もうこれからは、見廻組暗殺説以外の説は語れないだろう。
 それにしても、龍馬が京都所司代の永井玄蕃守と親しかったので、幕府が殺すはずがないと思っていたのに、その永井玄蕃守に会いに行くことが龍馬の暗殺につながるとは、私は全く知らなかった。

 龍馬に関しての本はこれからも、続々と出てくるであろうが、この「龍馬史」と並行して読むことをおすすめする。

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