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竹田恒泰 「天皇は本当にただの象徴に堕ちたのか 変わらぬ皇統の重み」を読む

国会議事堂


 江戸時代、日本の数学(和算)はある分野では西洋と較べてもかなり進歩していた。和算家の建部賢弘は円周率を小数第十位まで求めていた。当時の西洋ではまだ円周率を小数第十位まで求められなかった。
 和算は庶民一般にまで広がったのだが、明治になるとともに衰退し西洋数学に取って代わられた。和算が衰退したのは、日本に自然科学が発達しなかったからだ。西洋数学は自然科学と協調して進歩した。
 西洋で自然科学が発展したのは、自然が人間の敵であり、それを解明しなければ人間が滅びてしまうからである。自然科学とは敵である自然を解明する手段である。対するに日本においては、人間と自然は共生の関係にあり、人間は自然を愛し、敵として認識することはなかった。
 なぜこのようなことを書くかというと、天皇陛下の譲位を前にして、歴史上、天皇とは日本人にとってどのような存在であったかを改めて考えているからである。
 現在でも日本人の中には、戦前の天皇が独裁者であると思っている人がおり、欧米にいたっては昭和天皇は先の太平洋戦争の最悪の戦争犯罪者だと断罪する人たちがいる。
 独裁者とは人民に対する対立概念である。西洋では、人間と自然が対立概念であるように、君と民とも対立概念である。だから、革命という概念が存在する。それに対して、日本では人間と自然が共生しているように、人民と天皇も共生しており、一心同体といってもよい。西洋の風土では、君が独裁者に豹変することがあるが、日本では、天皇が独裁者になり得ようがない。
 明治憲法によって、天皇は憲法で認められた独裁者ではなかったかという輩もいるが、この輩は帝国憲法第一条「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」をさして、天皇は何でも自由にでき、政府も軍隊も意のままに動かすことでできると思っているのであろう。太平洋戦争も天皇の意志で行ったと思っているに違いない。
 だが、もし本当に昭和天皇が独裁者であったら、あの太平洋戦争はなかったであろう。昭和天皇は平和をこよなく愛し、日米開戦を何とか回避しようとした。あの戦争は、合議の上、正式な手続きによって、日本政府が決めたのである。ただ、憲法上、天皇が宣戦布告したのだ。

皇居 二重橋


 帝国憲法のもとにおいて天皇ははたして独裁者であったのか、この疑問に対して明解に解答を与えてくれるのが、竹田恒泰著「天皇は本当にただの象徴に堕ちたのか 変わらぬ皇統の重み」である。
  この本は本来学術論文であるが、わかりやすく書かれている。天皇とは何かを考える上でたいへん参考になるもので、帝国憲法・日本国憲法と古事記・日本書紀を併行して引用して天皇を論じており、このような憲法と古典が混交している憲法解説書は稀なのではないか。この本を読んで、竹田が優れた憲法学者であると同時に優れた文学者であると感心した。
 この本の主題は、戦後に唱えられた宮沢俊義教授の「八月革命説」が正しかったか否かを検証することである。八月革命説とは、1945(昭和20)年8月14日に日本が正式にポツダム宣言を受諾したことにより、法的な意味の革命によって、天皇主権から国民主権になり、日本国憲法は全く新しく国民が制定したと考える説のことである。
 宮沢がなぜこの説を提唱したかというと、帝国憲法から日本国憲法への変更は改正の限界を超えるものとしたからである。この説に則ると、帝国憲法と日本国憲法とは完全に別物で何ら連続性がなく、万世一系も無視され、昭和天皇は百二十四代天皇ではなく、象徴天皇として初代天皇になるということである。この説はかなり衝撃的であるが、さらに衝撃的なのは、この説が現在でも憲法学者の間で通説になっているということだ。
 竹田は現在の憲法学者が拠って立つ論理的土台を果敢にも、論理的に正しいかどうかを検証しているのである。
 竹田の検証の主な対象は次の三点である。
  1. 帝国憲法では、天皇主権ないし神勅主権がその根本建前であったのか。
  2. 帝国憲法のもとでは、天皇は自由に国政に参加でき、日本国憲法のもとでは、天皇は象徴天皇として全く国政に参加できないのか。
  3. ポツダム宣言は日本が国民主権になることを求めているのか。
 1~3のいずれにおいても、竹田は、幅広く資料に当たり深い考証を行っている。結果として論理的に八月革命説を見事に否定している。
 印象に残っているのは、帝国憲法のもとでは天皇は国務大臣の輔弼によってのみ国政に参加でき、自らの意志で政府を動かしたのは、二・二六事件の反乱軍の鎮圧と首謀者の処罰そしてポツダム宣言の受諾だといい、ただ、これも最終的には合議をもって決定したという。帝国憲法のもとでは、天皇は自らの意志で国政に参加することはほとんど不可能であったということだ。翻って、日本国憲法のもとでは、天皇は国事行為をする際、内閣の助言と承認を必要とされるが、実際には内閣総理大臣の任命権や衆議院の解散権を与えられているという。輔弼も内閣の助言・承認も本質的には同じで、結論として、帝国憲法でも日本国憲法でも天皇の立場はほとんど変わらないとしている。

 この本の中で心を打つのは、やはり歴代の天皇が人民に寄り添い、つねに人民の幸福を祈っているという件である。このことを最もよくわかっているのは、他ならぬ人民ではないのか。だからこそ二千年近くも皇統は続いているのである。日本で、西洋流の革命が一度も起こったことがないことは歴史が証明している。

 ふと、私は西洋の思想を土台として作られた憲法典で天皇の動きを縛るようなことが、はたして日本の長い伝統に馴染むのだろうかと疑問に思った。日本人にとって天皇は内面的に強く親密に繋がった存在で、それは言葉を超えている。

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 写真上から、国会議事堂、皇居の二重橋です。

憲政記念館 「憲政の神様」と呼ばれた尾崎行雄の銅像

国会議事堂 井伊家(旧加藤清正邸)旧邸の案内板

国会議事堂 「櫻の井」は名水井戸として知られ、江戸の名所として安藤広重の絵にも描かれました。

 写真上は、国会議事堂の周辺で撮影したものです。上から、憲政記念館入口に「憲政の神様」と呼ばれた尾崎行雄の銅像、井伊掃部守邸宅跡の案内板、「櫻の井」は名水井戸として知られ、江戸の名所として安藤広重の絵にも描かれました。



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Tag : 竹田恒泰 天皇は本当にただの象徴に堕ちたのか 変わらぬ皇統の重み