星新一「明治・父・アメリカ」「人民は弱し 官吏は強し」を読む

いわき市勿来市民会館に建っている星一像  あまり目立たないけれど、ある研究分野では名を轟かせている大学がある。さしずめ星薬科大学はその1つであろう。
 慶応大学の例を出すまでもなく、大学は創業者の理念が根っこになって成長していく。創業者の理念が崇高で現実性に富むものであればあるほど大学は長く生き続ける。
 星薬科大学の創業者は星一(はじめ)である。大学の教育方針は「世界に奉仕する人材の育成」「親切第一」である。この教育方針が星一の生きかたから導きだされたことはいうまでもない。
 星一は作家星新一の父親である。「明治・父・アメリカ」「人民は弱し 官僚は強し」の2つの作品は星一について書かれたものである。
 私はこの2冊の本によって星一という人の存在を知った。私は学生時代、星新一のショート・ショートはよく読んだがこの2つの作品は読まなかった。今回この2冊を読んで、私は深く感銘した。すばらしい人間に出会った気がした。
 星一は進取の気性に富んだたいへん優れた経営者であった。間違いなく偉大な経営者の1人に数えあげられるだろう。星の生き様は近代国家になって間もない成長過程にある日本の混乱・矛盾・不合理・貧しさそして理想と夢を炙(あぶ)りだしているようだ。
 星は明治6(1873)年、福島県に生まれた。今のいわき市である。苦学して東京商業学校(一橋大学の前身の学校とは違う)を卒業して、それから単身アメリカに渡る。アメリカに渡った当初はスクールボーイなる仕事についた。アメリカ人の家に住み込み、家の中の雑用をこなしながら学校に通わせてもらうのである。星は勤勉・誠実・真面目な人間で、アメリカ人の主人はすぐ星のことを気にいった。星は努力してコロンビア大学を卒業する。星はいろいろ苦労しながら、ニューヨークで日本のことを紹介した新聞を発行し、この事業を成功させた。
 日本に帰った星は新しい事業を考えた。それは薬の販売であった。症状が軽いうちに薬を飲めば病気を悪化させなくてもすむというアメリカにいたときの経験を生かしたものだ。星は星製薬株式会社を創立した。開発から販売までを一手に荷ったのである。
 星製薬は星の斬新なアイディアのもと業績を伸ばしていった。京橋に当時めずらしい5階建てのビルももった。星の才能は開発だけでなく、販売においても遺憾なく発揮された。星は日本全国に特約店を作り、販売網を組織化していった。
 星はアルカイドを薬にすることを思いつく。アルカイドとは植物に含まれていて、人体に特有な生理作用をもたらすものである。星は最初のアルカイド商品としてモルヒネの精製を考えだした。モルヒネはアヘンから精製される。だがその技術は誰ももっていなかった。すさまじい努力の末、星製薬はアヘンからモルヒネの精製に成功する。
 この成功を機会に星の会社はさらに成長軌道に乗る。だが出る杭は打たれるであった。星の会社に大きく立ちはだかるものが現れた。国である。国を官吏といってもよい。政権が憲政党の加藤高明(三菱創業者岩崎弥太郎の女婿)の手に委ねられると、官吏の星いじめは本格化する。星のアルカイド事業をつぶそうと手を変え品を変えて執拗に攻めてくる。
 星は政友会の後藤新平に親炙(しんしゃ)していた。これが大きく災いした。後藤は加藤の政敵なのであった。
 順風満帆に成長してきた星製薬は官吏からの根も葉もない罪を着せられて信用を失墜する。銀行との取引もできなくなり、いよいよ資金繰りに行き詰まり倒産するところまで追い詰められた。
 星は感極まって、投資家たちの前で「人民は弱し 官吏は強し」と言葉をはく。この言葉でもって物語は終わる。

 私はこの2冊の本を読み終わって、もし官吏たちが星製薬の行く手を阻まなければ星製薬は巨大な製薬会社として現在でも存続していたろうと思った。ただし、その場合、ショート・ショートの名作家星新一は誕生していなかったかもしれないが。
 星製薬はなくなったが、星一は偉大な人であり、彼の人類に対する崇高な理念は永遠に残るであろう。星は理想を追い、国を思い、人を大事にしそして自ら個人の利益は一切考えなかった人である。星のすべては会社のために捧げられた。会社の発展が日本という貧しい国を豊かにしてくれるものと星は考えていた。この2冊の本は星一の立志伝といってもよい。
 官吏たちの異常ともいえる攻撃を星新一は見事な文章で描いている。だが、それ以上に星新一の父親に対する敬愛の念が十分に伝わってきた。
 この2冊の本は勇気を与えてくれる。特に、経営者・教育者そしてこれから理想を追いかけようとする人たちにぜひとも読んでほしい名著である。

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五反田星薬科大学発祥の地碑 写真上、福島県いわき市勿来市民会館に建っている星一像。この地で星一は衆議院選挙に初めて立候補したとき、アメリカ仕込の「選挙とは何か」「民主主義とは何か」をわかりやすく県民に訴えました。結果は落選しました。しかし、当時の選挙は普通選挙になるまえです。
 写真左は、五反田TOCの花壇に建っている星薬科大学発祥の地碑です。この土地は1926年星製薬として創業しました。戦後、経営権がホテルニューオータニの創業者である大谷米太郎に渡り、その後に合併してTOCになりました。

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