村井弦斎「食道楽(しょくどうらく)」を読む

 それにしても村井弦斎の「食道楽」はすごい小説である。前代未聞というより空前絶後の小説といってよい。何しろ小説と銘打っているが、その内容は小説というよりも完全な料理の本である。日本料理・西洋料理はいうにおよばず中華料理があり、その料理がさらに細かく別れ、結局600種類以上の料理を紹介している。レシピレシピのオンパレードである。
 一体村井弦斎とは何ものなのであろうか。村井は文久3年(1864年)に生まれ、昭和2年(1927年)まで生きた。東京外国語学校(現東京外国語大学)を中退し、アメリカに外遊した。アメリカから帰ると報知新聞の客員となって小説を書いた。いわゆる夏目漱石と同じ小説記者というもので多種多様の小説を書きまくった。「食道楽」はそのうちの1つでたいへんな反響であったらしい。
 村井はただ単に興味本位に食をテーマにした小説を書こうとしたのではない。村井は「食道楽」を書く前に「酒道楽」「女道楽」なるものを書いており、この2書では酒を飲むこと、妾を抱えることを諌めている。いわゆる啓蒙の書で、「食道楽」も正しい食のあり方を世間一般に教えるために書かれたものである。食育ということが現在よくいわれているが、村井は食育を先取りした感じである。
 ところが、実際には読者たちは「食道楽」における料理が目新しく、特に主婦たちはレシピとして料理作りに励んだ。
「食道楽」は小説の形をとっており、主人公は文学士の中川とその妹お登和嬢である。中川の職業は文学者で、料理に関する薀蓄がすさまじい。お登和は薀蓄だけでなく、実際に料理を作る人である。
 「食道楽」は新聞に1日1章連載され全部で360章からなる。文庫(岩波文庫)で約1000頁近い大部なものである。その他に巻末に「日用食品分析表」「料理法の書籍」「西洋食器類価格表」「西洋食品価格表」「米料理百種」「パン料理五十種」「病人の食物料理法」「戦地の食物衛生」「料理法索引」「台所の手帳」などが付録としてついている。料理の作り方だけでなく、材料を科学的そして医学的にも分析しているのである。
 それでは一体夥しい料理について村井はどうして知ることができたのであろうか。その1つの理由は村井の妻多嘉子が料理のうまい人であったことと、さらに多嘉子は大隈重信の親戚で、大隈から料理を知るについていろいろと便宜をはかってもらったらしい。大隈はたいへんな食通で、大隈邸には何人ものコックが常勤していて毎日何百人もの料理を作っていた。大隈はコックの1人を村井のもとへ行かせ料理についていろいろと教えさせた。また、村井は自分の家にも専属のコックをおいた。
 ここで、「食道楽」に出てくる料理の一旦を見てみると、昆布スープ・鳥スープ・鶏(とり)の雛(ひな)・梅料理・ビスケット・ライスカレー・鯵料理・チース(チーズのこと)料理・赤茄子(トマトのこと)ジャム・冷肉料理・アイスクリーム・鰯料理・茶碗鮨・牛の脳味噌・牛の臓物・ドロップス(ドロップのこと)・猪料理・兎(うさぎ)のシチュー・雉のロース・鴨のロースなどなどでここにあげた料理はほんの一部である。
 小説の最後に1人前2円の材料で作った料理のメニューが出てくる。そのメニューとは次の通りである。

1 マルボントースという牛の髄(ずい)の料理
2 仏蘭西豆(ふらんすまめ)のスープ
3 平目のパンデポーソンといって蒲鉾のようなもの
4 ポーレーシューカナペールといって鳥の肉の料理
5 ヒレビーフゴーダンといって牛肉のロース
6 アスペーキゼリーといって鳥の寄物(よせもの)
7 ポンチシャンパンといって酒を固めたもの
8 アスペラガスのクリームソース
9 七面鳥のロース
10 サラダロアイヤル
11 カビネットプデン
12 アイスクリーム
 その他にレデーケーキというお菓子と水菓子と珈琲(こーひー)がつく

 何とも豪勢な料理である。「食道楽」の舞台は明治の末である。
 「食道楽」を読むと村井弦斎とは単なる小説家ではなくどこか神がかり的な人間のように見えてくる。化け物みたいな人物である。
 不思議なことに村井は「食道楽」を書き終わったあと、それきり小説は書かなくなったそうである。村井はもっているすべてを「食道楽」に注ぎ込んだのかもしれない。
 とにかく「食道楽」はたいへんな小説である。

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早稲田大学大隈重信像 村井弦斎は矢野龍渓の門下でした。矢野は改進党の機関紙である「郵便報知」の論説記者でした。当時は新聞人から政治家になった人が多くいました。「郵便報知」からは、矢野龍渓、犬養毅、尾崎行雄、原敬らがでました。
 龍渓の政界引退後に、「郵便報知」は政党との関係を絶ち、弦斎が中心となって政治色をなくして「親子の前で読める新聞」に刷新しました。日常生活の豆知識や時代小説、冒険小説、恋愛小説などの連載小説を充実させて部数を伸ばしていきました。「食道楽」も連載小説して掲載されたものです。
 明治20年を過ぎるといわゆる「政治色の強い大新聞」から「庶民向けの連載小説を掲載した小新聞」が部数を伸ばしていました。「読売新聞」は高田早苗、坪内逍遥が、主筆、文芸主筆となり、連載小説で人気を博しました。尾崎紅葉の「金色夜叉」を連載したのも「読売新聞」でした。その後、日清・日露戦争で「正しい情報」を客観的に伝える「報道」に変化していきます。

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