新渡戸稲造「随想録(ずいそうろく)」を読む

 戦前の教育制度では中学は5年制であった。中学の上が高等学校で、高等学校の上が大学であった。旧制の中学が現在の中・高等学校にあたり、旧制の高等学校が現在の大学にあたる。旧制においては高等学校を卒業したものは自動的に大学に入れた。現在の大学入試に相当するものは旧制においては、高等学校入試であった。
 旧制の高等学校はナンバースクールと呼ばれる第一高等学校から第八高等学校までと、地域ごとに東京高校・浦和高校・静岡高校・山口高校などがあった。その中で第一高等学校は超難関で、第一高等学校に入学することはとりもなおさずエリートの道を約束されることでもあった。
 旧制高校は専門の勉強をするのではなく、もっぱら教養科目を学習した。教養科目とは英語・独語・仏語・文学・歴史・哲学・数学・物理などの科目で、語学は非常に重要視され、ほとんどの教科書は原書が用いられた。そのため、旧制高校の学生は語学がよくできた。さらに彼らはたくさんの本を読んだ。
 旧制の高校生と現在の大学生の大きな違いの1つは、読書量の違いであろう。旧制高校の生徒たちは広くそして深く本を読み漁った。旧制高校を卒業した人たちの著作を読むと彼らの教養の深さには驚かされる。

 新渡戸稲造は第一高等学校校長を務めた人である。新渡戸は日本の近代において代表的な教養人であり、教育者であった。彼は札幌農学校出身で、専門は農業であるが、その知識は宗教・歴史・哲学・文学などあらゆる分野に及ぶ。また、新渡戸のものの見方は多面的で深い洞察力が土台となっている。
 「随想録」は新渡戸が時に感じたことを英文で記したものを、日本文に訳した随想録と、講演集から構成されている。
 随想録は身辺のこと・政治のこと・社会のこと・戦争のこと・宗教のこと・生き方のことなど内容は多岐に渡っている。そのベースになっているのは新渡戸の広く深い教養であることはいうまでもない。
 「随想録」の中で、際立って興味深いのは講演集に収められている「教育の目的」という講演である。新渡戸は教育の目的を5つに分けている。その5つとは次の通りである。

1 各自の職業によく上達すること。いわゆる職業教育。
2 道楽のために教育をする、道楽のために学問をする。
3 装飾のために学問をする。
4 真理の研究。
5 教育は言うに及ばず、また学問とは、人格を高尚にすることをもって最上の目的とする。

 この5つの教育の目的を読むと深く考えさせられる。現在では傾向として、何のために勉強するのかの答えはすぐに実利的なものと結びつけられる。すなわち、「就職のため」「偉くなるため」「役にたつから」などである。
 実は、現代に生きるほとんどの人たちは何のために勉強をするかを真剣に考えてこなかったのである。なぜなら、新渡戸のように真剣に教育の目的を教えてくれる先生がいなかったからだ。
 本来、「~のため」に勉強とはするものであろうか。一流企業にはいるため、医者になるため、弁護士になるため、などなどが教育の目的の主役として跋扈しているため、私たちは教育の本来の目的の存在すら知らないでいるのではなかろうか。
 ギリシャ・ローマ・実朝・道灌・論語・キリスト教・スラブ・西行・ナポレオンなどなど数え切れないほどの教養が「随想録」には詰まっている。教養が新渡戸の血と肉となっているようだ。
 「随想録」を真剣に読めば読むほど、新渡戸の人格が髣髴としてくる。新渡戸は間違いなく上の第五の目的で学問をしてきた人だと思わせてくれる。

 旧制高校の学生たちは第五の目的で学問をすることを奨励されたのだろう。旧制高校出身の人たちがどこか高尚さをもっているのも何となく頷けるのである。

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