牧野伸顕「回顧録(かいころく)」を読む

青山霊園牧野伸顕墓所 牧野伸顕の「回顧録」は第一級の歴史資料である。おそらく近代日本の歩みを知ろうとしたら避けて通れない本に違いない。
 牧野はあの明治の元勲の大久保利通の次男として文久元年(1861年)鹿児島に生まれた。死んだのは昭和24年(1949年)である。89年の長い人生を牧野は生き抜いた。その人生の中には幕末・明治・大正・昭和前期・敗戦がすっぽりとおさまる。
 牧野は父の存在で半ば将来を約束されたエリートであった。明治になってまもなく行われた欧米視察の一員になり、アメリカに渡ってそのままアメリカの学校に通った。日本に帰国してからは東京帝国大学の前身であるできてまもない開成学校に入学し、19歳で開成学校をやめて官吏の道に進む。とんとん拍子に出世し、福井県知事・文部次官などを勤め、その後イタリア・オーストリアで外交官生活をした。そしてさらに帰国してからは文部大臣・枢密顧問官・農商務大臣・外務大臣・宮内大臣・内大臣を歴任する。なんとも華麗な経歴である。総理大臣にはならなかったが、娘婿の吉田茂が総理大臣になっている。吉田茂の息子の吉田健一は有名な文学者である。ちなみに麻生元総理大臣は吉田茂の孫、すなわち牧野のひ孫にあたる。
 「回顧録」は終戦まもなく、昭和22年に牧野が口述したものを孫の吉田健一が書き起こしてできたものである。牧野に回顧録を話させるように吉田に強くすすめたのは作家の志賀直哉であったことを今回知って私は意外な感に打たれた。
 しかし、考えてみれば牧野ほど明治・大正・昭和・敗戦を政治の中枢にいてつぶさに見たものはいないであろう。下級武士の子として生まれた牧野は庶民の目線ももっている人であった。
 「回顧録」は鹿児島での幼年時代から始まり、パリ講和会議に全権の一人として出席するまでのことが述べられている。すべてといっていいくらい興味の尽きない内容である。開成学校時代の話は日本の高等教育の黎明期が知れてたいへん参考になる。日清・日露戦争の時代背景もくわしく述べられている。私が特に興味をもった話は幕末の攘夷運動を回顧した話とパリ講和会議についての話である。
 勝海舟について牧野は次のように述べている。

<ついでにここで言っておくが、勝海舟の直話に、上野の戦争当時に日本の前途を思い、ひたすら念願としたことは、なるべく早く兵を収めて平和的な解決の手段を見出すことだった、ということである。それは仏蘭西は幕府に同情し、英国は京都側に傾いていたので、戦争が長引けば、両国の勢力が積極的に国内に侵入して来て、将来容易ならざる事態が生じることが予想され、それ故に一日も早く平和が成立することを望んで止まなかったと勝老は追懐しておられた。これが勝老が西郷と短時間に和議を結ばれた動機の一つだったと思う。>

 牧野は伊藤博文のことをたいへん尊敬していた。伊藤は豪放磊落にして緻密な人であったという。幕末、攘夷運動の急先鋒の長州藩にあって、伊藤は井上馨らとイギリスを視察している。イギリスに入った瞬間、伊藤は攘夷運動のおろかさを認識した。外務大臣を経験したあと、牧野は伊藤の偉大さをしみじみと再認識したようだ。
 第一次世界大戦後のパリ講和会議出席の模様もたいへん興味深い。このとき成立したのが国際連盟である。国際連盟はアメリカのウィルソン大統領の肝いりでできたものである。ところが当のアメリカは国際連盟に加盟しなかった。私は学生の頃、このことを歴史で習ってウィルソンに対していい印象をもたなかったものだが、「回顧録」を読んでみると、ウィルソンは最後の最後まで国際連盟への加盟に意欲を示していて、上院に加盟を阻まれたのである。ウィルソンは心からの平和主義者であったらしい。私はウィルソンに対する見方を変えた。
 また、このとき日本は連盟の規約に人種差別の撤廃をいれるよう提議したが、全会一致でないとして却下された。この事実も私には心地よかった。
 
 「回顧録」は冷静に日本の近代を語っている。そこには偏った見方はない。牧野は生涯に渡って民主主義者であり自由主義者でありそして愛国心の強い人であるように見受けられた。あの敗戦に対しても感情的にならずこれから日本は本当の民主主義国家を目ざすべきだといっている。
 最後に、「回顧録」の日本文は見事な名文である。さすがに名随筆家といわれた吉田健一の筆になったものである。

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 写真は、青山霊園にある牧野伸顕夫妻墓所です。青山霊園には、実父である大久保利通と義父の三島通庸、牧野伸顕の女婿である吉田茂の墓があります。

湯河原の2.26事件 写真左は、湯河原に建っている2.26事件の現場となった光風荘です。案内板には次のように案内されています。
< 昭和十一年(1936)二月二十六日首都東京で、首相をはじめ政府高官の官邸、私邸が、国家改造を求める陸軍青年将校らの率いる兵一四〇〇余名の部隊に襲われ、斎藤内大臣、高橋大蔵大臣、渡辺教育総監、松尾陸軍大佐らは即死、鈴木侍従長は重傷、護衛の巡査数名死傷という大事件が起こった。
 これと同時に、遠く離れたこの湯河原でも、青年将校の一人河野大尉の率いる別働隊七名が、元内大臣牧野伸彰伯爵を、静養中のこの場所伊藤屋旅館の元別館光風荘に襲い、銃撃、放火。 急を知り駆けつけた地元消防団員の救出活動により、牧野伯爵とその家族は辛くも難を逃れたが、付添の森看護婦は銃殺、護衛の皆川巡査は銃弾に倒れ、後に焼死体で発見されるという事態に到った。
 また、牧野伯爵を助け出した前第五分団長(現温泉場分団)岩本亀三は銃創、消火に当たった消防団員も負傷するなどのほか、銃剣をも恐れぬ地元消防団員らの勇敢な救出消火活動があった。
 これらの事実は、湯河原の歴史の一こまとして湯河原町民の心意気と共に後世に永く語り伝うべきものである。>
 ちなみに、光風荘のまわりには、明治、大正の文豪夏目漱石、島崎藤村、尾崎紅葉、芥川龍之介らとゆかりのある場所や旅館があります。伊藤屋本館は島崎藤村が常宿として、夏目漱石の作品「明暗」に出てくる不動滝が水しぶきを上げ、芥川龍之介の作品「トロッコ」は湯河原で書き上げました。


回顧録〈上巻〉 (1977年) (中公文庫)
回顧録〈下巻〉 (1978年) (中公文庫)

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池上彰『高校生からわかる「資本論」』を読む

 何を今さら「資本論」と思う向きも多いかもしれない。20世紀の末のソ連の崩壊、すなわち共産主義の敗北以後、マルクスの威光は急激にさめていった感がある。だからといってマルクスの経済分析の方法論が間違っていたことにはならないであろう。
 マルクスは経済分析に科学の方法を導入した人である。アダム・スミスの「神の見えざる手」のような曖昧な表現をマルクスは徹底的に避けた。マルクスは3段階論法で資本主義経済の分析をした。マルクスは資本主義の本質を解明する上で、当時住んでいたイギリスの社会状況をつぶさに分析したのである。
 3段階論法とは現象論・実体論・本質論と進む分析方法である。この方法でもってニュートンは万有引力の法則を発見した。
 ティコブラーエは火星の動きを克明に記録した。そのデータたるや厖大であった。そのデータを分析して弟子のケプラーは3つの法則を発見した。そしてさらにニュートンはそれら3つの法則が成り立つためには太陽と惑星の間にどのような原理が存在しなければならないかを考え、万有引力の法則を発見したのである。
 火星の動き(現象論)から太陽と惑星の間に働く法則(実体論)、そしてその法則を可能ならしめている原理・原則(本質論)へと進んでいったのである。湯川秀樹もこの方法論でもって中間子の存在を予言した。マルクスはまさにこの方法で資本主義経済の本質にまで踏み込んだのである。
 19世紀半ばのイギリスは世界で最も発展した資本主義国家であった。国は豊かであったが、ロンドンの街は貧しい労働者であふれていた。現象論としてイギリスの労働者は非常に貧しかった。ディケンズの小説を読むとよくわかる。マルクスはそこからなぜ労働者が貧しいかの論を進め、実体論として資本家階級と労働者階級の2つの階級に社会が分かれていることに行き着く。資本家とは資本の所有者であり、資本家とは資本を増やすことを第一義とした。その論理には人間性のかけらもなかった。労働者はただただ奴隷のように搾取された。さらにマルクスはなぜ社会は2つの階級に分かれるのかを本質論として追求し、資本主義経済の本質に迫った。資本主義の本質とは私有財産制であるとマルクスは結論付けた。資本主義社会における諸悪の根源は私有財産制にありとしたのである。マルクスは私有財産制を否定する。

 私は学生時代のある一時マルクスにかぶれた。マルクスの本を読むたびに私はマルクスは科学者だと思った。科学者マルクスの集大成が「資本論」である。
 私は「資本論」の解説書は読んだが、「資本論」そのものは読まなかった。読まなかったというより、読む能力がなかったといった方が正確かもしれない。それぐらい「資本論」は難解であった。ただ、解説書やマルクスの「賃金・価格・利潤」などを読み、資本論に何が書かれているかは察しがついた。
 池上彰の<高校生からわかる「資本論」>は画期的な本である。あの難解極まりない「資本論」を池上が高校生にもわかるように解説してくれる。池上がなぜこの本を書いたのか、それは現在の日本が19世紀のマルクスが見た資本主義社会と似通っているからであると池上が分析したからである。
 リーマンショック以後、世界は不況というより恐慌といってよいような状況を呈した。そして日本はすさまじい格差社会になった。なぜリーマンショックが起こったのか?それは新自由主義によってである。規制を緩和して自由性を高めていけばいくほど格差は広がっていくのである。そして街にはホームレスがあふれる。マルクスの時代と同じであり、マルクスは「資本論」においてなぜ格差が起こるかを難解な文章で説明している。池上はその難解な文章を非常にわかりやすく解説してくれる。
 日本で現在、失業者が増えさらに賃金が上がらないのはマルクスの理論通りである。逆に金持ちはますます金持ちになっていく。市場経済に移行した中国も完全な格差社会になった。

 自由にすれば国全体は豊かになるが格差は広がっていく。逆に社会主義のように国家主導で規制を強めれば格差はなくなるが国自体は貧しくなり最悪国がなくなる。
 資本主義をとるか社会主義をとるかでない。今こそ新しい経済システムを構築する時期ではないのか。それを成し遂げるために「資本論」で示した分析の方法がたいへん役に立つと私は確信している。

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(2009/06/26)
池上 彰

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