池井戸潤「下町ロケット」を読む

 新卒大学生の就職状況が悲惨である。しかし、内容をよく吟味すれば、大企業への就職は厳しいが、中小企業など、会社の規模を選ばなければ、就職はそんなに難しいことではない。要するに、みんな大企業に行きたいだけである。
 世はこぞって安定志向である。リスクをとることを極端に嫌うし、リスクを取ることを愚かだと考える風潮もある。ところが、リスクを取ることを嫌うわりには、夢をもつことが大事だと力説される。おかしな論理である。夢を持つことはとりもなおさずリスクを取ることであるからだ。夢を持つことは苦しむことと同義である。
 既得権にしがみついた教育関係者や大企業・役所の人間がわけしり顔で、口を極めて若者は夢を持つべきだといっているのをきくとはなはだ滑稽である。この人たちは夢をもつことがどういうことか知っているのであろうか。
 私は50数年生きてきて、大企業に勤める人間や公務員の中で、夢を持って仕事をしている人間をほとんど見たことがない。彼らは夢とはほとんど無縁であり、個性もほとんど感じられない。今の地位を維持するのに汲々としている感じである。
 若い皆さん!夢を持とうとするなら大企業にいくな!といいたい。現在、世界的な日本人経営者は皆無である。これが日本経済の沈滞の大きな原因である。松下幸之助のパナソニック、本田宗一郎のホンダ、井深大・盛田昭夫のソニーにしても最初は零細な町工場にすぎなかった。夢を持ち続け、どんなリスクにも耐えて世界に冠たる大企業に成長したのである。
 日本には夢を持った中小企業がたくさんある。そのような会社に勤めて、自己実現をなしていくほうがはるかに充実した人生を送れるはずだ。
 あるアメリカ人の学者が、90歳以上の男性に<あなたの人生において最も後悔していることは何ですか?>というアンケートをとった。その答えの中で、圧倒的に多かったのが、<リスクを取らなかったこと>であった。<なぜあのとき、俺はこうしなかったのだろうか>と齢90を超えた人たちが後悔しているのである。リスクをとらないことは一見賢いことであるが、長い目で見ると後悔の種になるものである。

 直木賞を受賞した池井戸潤の「下町ロケット」は痛快な小説である。夢と希望を与えてくれる。ぜひともまず、就職を控えた大学生に読んでもらいたいものだ。
 主人公は佃航平。子供の頃から宇宙ロケットに憧れ、大学を卒業すると、めでたく宇宙科学開発機構の研究員となった。だが、佃の開発したロケットは打ち上げに失敗し、佃は宇宙開発機構を去り、父親が築いた中小企業の佃製作所を継いだ。社長になったといっても、会社の経営は山あり谷ありで、苦難の連続であった。佃製作所の本業は小型エンジンの開発・製作であるが、佃は本業に関係のない水素エンジンの開発も手がけていた。この水素エンジンはロケットに搭載されるものであるが、佃製作所にとっては金食い虫で、売り上げには1円も貢献していなかった。水素エンジンはいわゆる佃の夢であったのだ。
 この佃の夢が佃製作所内で大きな波紋を生んだ。ロケットを打ち上げる大企業の帝国重工が佃製作所の水素エンジンのバルブシステムに目を付けたからである。特許を帝国重工に売れば、何のリスクもなく、佃製作所に莫大な金が入ってくるが、佃はこれを選択しなかった。佃はバルブシステムを製品として帝国重工に納めることを選択した。これにはとてつもないリスクが伴なった。
 物語の最後、佃製作所が製作したバルブシステムを搭載したロケットが無事打ち上げに成功した。佃の夢は叶えられたのである。そして、佃は新たな夢に向かって動きだそうとした。

 とても感動的な物語である。この物語を読んで、夢のもつことの苦しさとそして喜びを味わってもらいたい。

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下町ロケット下町ロケット
(2010/11/24)
池井戸 潤

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猪瀬直樹「昭和16年夏の敗戦」を読む

靖国神社に展示している戦闘機 猪瀬直樹の「昭和16年夏の敗戦」は衝撃的な本である。この本は日本人の太平洋史観を根底から覆すものかもしれない。日米戦争は昭和16年夏の段階で、日本が必ず負けると論理的に証明された。

 昭和16年4月に、官僚・軍部・民間から30代の若手エリートを結集した総力戦研究所が設立された。この研究所では、日米が戦った場合の考えられるだけの想定のもと、シミュレーションを行い、結果として、日本はアメリカに必ず負けると結論付けた。驚くべきことにこのシミュレーションは、実際の太平洋戦争に照らしてみて、原爆投下以外ほとんど正確であったということである。
 東條はこの結果を陸軍大臣としてきいている。昭和16年10月16日に第3次近衛内閣が総辞職したあと、大方の予想に反して東條に組閣の大命が下った。その理由は、陸軍に睨みのきく東條ならば、日米戦争を回避できるのではないかと、天皇がひそかに思ったからだ。天皇はあきらかに日米が戦うことを嫌った。

 総力戦研究所のシミュレーションの結果と天皇の意向があっても、東條は日米開戦を決断しなければならなかった。本当は東條は日米戦争はしたくなかったのである。日本の歴史教科書では、東條を戦争推進者として断罪しているが、陸軍大臣のときはあきらかに、東條は日米開戦を推進した人間であったが、総理大臣としての東條は日米開戦をしたくなかったのである。東條は天皇の臣下としての気持が強く、天皇の意向は絶対であった。その天皇の意向を無視しても東條は戦争を決断しなければならなかった。なぜか。空気が戦争回避を許さなかったのである。日米開戦は日本人ほとんど全員の総意であり、何人(なんびと)たりとも、戦争を回避できなかった。太平洋戦争を振り返る場合、この空気が何よりも重要である。
 私たちは、太平洋戦争は軍部が独裁的に推進し、国民は被害者であったと教えられてきた。戦後の日本は軍部ただ一人を悪者にして、あの戦争を総括しようとした。結局、なぜあのような戦争が起きたかの本質的なものは見えないままである。日米戦争やむなしの空気を醸しだしたのはほかならぬ日本国民である。ほとんどの日本人は日米戦争を望んでいたのである。もし、あの戦争を犯した犯人を挙げろといったら、間違いなく日本国民もあがるであろう。軍部は国民の期待に背中を押されて、無謀な戦争へと突進していったのである。
 日本では組織の行動を決定するのは論理ではなく、空気であるらしい。私は「昭和16年夏の敗戦」を読んで、はからずも今回の東日本大震災の福島原発の事故に思い至った。
 事故が起こるまで、日本の原子力行政・原子力学会などでは、原子力発電は安全ではないといったら、総すかんを食うどころか、学者なら、学者の道を放棄しなければならなくなった。誰もが、原子力発電は安全だと確信し、安全だという空気がすべてを支配していた。その空気を先頭的に醸しだしてきたのが、経済産業省である。批判できない議論など議論にならない。原子力に関しての政府・学会の議論はほとんどこの類の議論である。
 ところが事故が起きるや、政府がやったことは、東電一人を悪者にするだけである。一体経済産業省の罪はどうなっているのか。東電は経済産業省の指導のもとで、原発を運営してきたのではないのか。太平洋戦争の罪を軍部一人にかぶせる構図と全く同じでないのか。許し難いのは、福島県知事である。福島県は原発を誘致することで、政府・東電からかなりの便宜を得ているのに、県知事は東電一人だけを執拗に悪者扱いにする。原発を誘致するには、県知事の了承が必要であり、了承した県知事にはたいへんな責任があるのではないのか。
 結局、何か事があると、全体を見ずに、一部だけに責任を負わせることになる。これでは何の解決にもならない。歴史は鑑(かがみ)であるとはよくいったものである。歴史を徹底的に知ることがまず必要である。せっかく、太平洋戦争という重要な歴史的事実があるのである。徹底的になぜこの戦争が起こったのかを偏見なく分析すべきである。
 太平洋戦争のことを知っているようでいて、実は何も知らないということを、「昭和16年夏の敗戦」を読んで、私はつくづく思った。

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 写真は、靖国神社に展示している戦闘機です。


昭和16年夏の敗戦 (中公文庫)昭和16年夏の敗戦 (中公文庫)
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猪瀬 直樹

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