渡辺房男「儲けすぎた男 小説安田善次郎」を読む

東京大学安田講堂 官尊民卑とはよくいったもので、平等社会の現在でも、官は尊く、民は卑しいものらしい。勲章の受勲者を見ると、ほとんどが政治家・役人・国立大学教授などで、民間人は少ない。公務員の平均給与と民間企業の平均給与の差を見ても、官と民の違いは歴然としている。公務員とは、国・地方の管理職みたいなもので、実に非生産的であり、実際に稼ぐのは民間人であるのに、公務員の待遇が民間人よりはるかにいいのはどういうことなのか。国の繁栄は民間人から起こるということを根本的に日本人は知らないのではないか。
 江戸時代は士農工商といって、商人が最も低い身分であったが、これはあくまでも建て前で、実は、商人が一番金持で経済を牛耳っていた。華やかな江戸文化は商人の経済的基盤の上に成り立っていた。
 財閥というと、どこか悪のイメージがある。それは、戦後、アメリカの占領軍が、侵略戦争の原因の1つとなった財閥を解体したからである。これ以来、財閥は戦争をしかけ、戦争でぼろ儲けしたことになっている。学校の教科書では、財閥とは、暴利を貪り、労働者を搾取したと教えている。財閥とは商人の巨大化したものである。財閥蔑視には江戸の士農工商があるのかも知れないし、現在でもどこかそのような雰囲気もある。日本ではなぜか、経済的成功者は尊敬されにくい土壌があるようだ。
 現在、競争力が落ちたとはいえ、日本が世界に冠たる経済大国であることは誰もが否定できないであろう。日本経済は何も戦後から発展したわけではない。戦前から、日本は経済が発展していて、その土台があったからこそ、日本は戦後、急速に発展したのである。アメリカが日本を豊かにしたわけではないのである。現在の豊かさの源は明治にあるのだ。解体された三井・三菱・住友・安田の財閥があったからこそ、現在の豊かさがあるともいえる。その財閥の1つである安田財閥は、安田善次郎という人間が、裸一貫から作りあげたものである。
 
 安田善次郎はどこか胡散臭い目で見られることが多い。それは、安田が大金持で、刺客によって殺されたからかもしれない。安田はたいへんな吝嗇家で、金に汚いと思われていた。ところが、安田は、晩年、公共のために数々の寄付をしている。それも莫大な寄付である。その1つが、東大の安田講堂である。
 安田講堂は東大を象徴している建物である。この講堂が安田善次郎の寄付によって作られたことを、どれだけの人間が知っているのであろうか。東京帝国大学といわれた戦前、東大の卒業式には、天皇が行幸した。しかし、東大には天皇が出席する式典にふさわしい建物がなかった。それで、安田が寄付を申しでたのである。
 渡辺房男の「儲けすぎた男 小説安田善次郎」は、タイトルが示すように、安田善次郎の生涯を記した小説である。たいへんおもしろいし、幕末・明治維新の頃の貨幣について詳しく書かれているので、経済史の勉強にもなる。


旧富士銀行横浜支店 時代が徳川の世から薩長藩閥の明治政府の世に変わると、貨幣は金・銀から紙に変わり、貨幣を扱うのも、両替商から銀行へと変わった。その激動の時代に、安田は努力と才覚でもって、ちっぽけな両替屋であった安田商店を日本屈指の安田銀行(富士銀行→みずほ銀行)へと成長させた。
 安田は富山の下級武士の長男として生まれたが、武士としての将来に見切りをつけ、家出同然に江戸へ行った。そこで両替商の丁稚をし、独立して露天で両替商を始めた。安田銀行は最初は、店舗のない露天商であったのだ。
 安田は艱難辛苦に耐えて、巨大な安田財閥を築いた。

 安田がなぜ成功したのか。理由は大きく2つある。1つは時代の流れをよく見抜いたことである。大局的な見地をもって事にあたった。2つ目は勇気である。人が恐れてやらないことでも、自分の信念が正しいと思えば、危険をかえりみずに突き進んだ。先見性と勇気、この2つが安田の成功のキーワードである。
 無から有を生み出すのは至難の技である。創業者といわれる大実業家たちは、みな無から有を生み出した人たちである。

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安田銀行発祥の地 写真上は東京大学安田講堂で、江戸時代は加賀前田家の藩邸でした。安田が生まれ育った富山は前田家の支藩で、江戸の屋敷はこの地にありました。当然、安田は下級武士なので藩主とは御目見えできません。明治になって、安田が東京で財を成してこの地に講堂を寄付したのは何かの縁なのでしょうか。
 写真中は旧富士銀行横浜支店(現東京藝術大学)です。銀行の向かいに旧横浜正金銀行本店(現神奈川県立歴史博物館)があります。戦前正金銀行の周りには多数の銀行がありました。その中でも安田銀行横浜支店は最大規模を誇っていました。銀行の案内板には以下のように記されています。
< ルスティカ積みの外壁に、ドリス式オーダーの付柱と半円形窓が組み合わされて配されている。当初は安田銀行横浜支店として建てられた安田銀行は大正末から昭和初期にかけてほぼ同じスタイルで各地に支店を建てているが、これはそのなかでも最大規模かつ、希少な現存例。建築年代:昭和4(1929)年、設計:安田銀行営繕部>
 安田善次郎は、東京都千代田区日比谷公園にある日比谷公会堂や市政会館も寄付しています。その時の模様はブログ「名著を読む」の「大風呂敷 後藤新平の生涯」に少し書きましたので参考にしてください。
 写真下は。東京都中央区小舟町にある国立第三銀行、安田銀行(富士銀行)の発祥地の石碑です。

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渡辺 房男

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Tag : 儲けすぎた男 小説安田善次郎

寺田寅彦「地震雑感/津浪と人間 寺田寅彦随筆選集」を読む

 東日本大震災から早1年以上たつというのに、今だに被災地は瓦礫の山だし、原発周辺は立ち入り禁止である。故郷に戻れない被災者の気持はいかばかりか。
 私たちは、原発の恐ろしさをこれでもかというほど目の当たりにした。原子力は夢のエネルギーから悪魔のエネルギーに変身した。
 日本人は原発を存続させるのか、それとも破棄するのかの選択を迫られている。そのために真剣に国民的議論を起こさなくてはいけないのに、政府は原発の安全性を確認し、停止している福井県の原発を再稼動しようとしている。何をかいわんやである。
 政府が安全とした根拠は専門家が安全と判断したからである。福島原発が安全と判断したのも専門家ではなかったのか。馬鹿に付ける薬はないというのはこのことである。経済のためには、原発を再稼動しなくてはいけないというのが政府の本音である。これでは歴史は繰り返すだけであり、経済的合理性の美名のもとに、原発は昔のように大手を振って推進されるのであろう。そして、将来、日本全体を壊滅させる大惨事を引き起こすに違いない。
 「天災は忘れた頃にやってくる」という名言を吐いたのは寺田寅彦である。寺田は物理学者であるが、漱石門下の文学者でもある。寺田は随筆をたくさん書き、俳句も作った。俳句を手ほどきしたのは、他ならぬ漱石である。寺田がまだ、熊本の第五高等学校の生徒のとき、英語の教師であった漱石から俳句を教わった。このとき、漱石が「俳句とは言葉のレトリックを煎じ詰めたもの」といったのは有名な話である。
 寺田は大正12年に起こった関東大震災に遭遇している。だからといって、俄かに地震に関心を持ったわけではない。寺田は震災前から、地震を含む天災について、随筆を通して警鐘を鳴らしている。

 「地震雑感 津浪と人間」(中公文庫)は寺田の地震に関しての随筆を纏めたものである。この本の口絵には、寺田がベルリンにいる小宮豊隆に送った被災地の絵葉書が掲載されている。須田町・日比谷附近・神田橋・浅草仲店・銀座・京橋・十二階附近(浅草)・上野附近・両国橋・新富座跡の写真の絵葉書である。どれも悲惨な光景である。関東大震災のすさまじさを物語っている。
 寺田は科学者として冷静に大震災を振り返っている。寺田のいいたいことを一言でいうと、まさに先に述べた「天災は忘れた頃にやってくる」である。寺田は随筆で直接こう述べたわけではないが、過去に起こった大地震の教訓が一切生かされていないと嘆いている。宝永4年のマグニチュード8.6の宝永地震、安政元年11月4日のマグニチュード8.4の安政東海地震、11月5日のマグニチュード8.4の安政南海地震などの例を出している。
震災直後は地震に対して気をつけるが、時とともに地震があったことを忘れて、地震に対して安全策をとることに注意しなくなったと寺田は分析する。これと同じことは今回の東日本大震災にもいえる。原発を推進してきた御用学者たちは、この地震は想定外で不可抗力であったようなことをいっている。はたして、想定外なのか。東日本大震災はマグニチュード9.0で確かに史上最悪であったが、宝永・安政にはマグニチュード8.5近くの地震が起こっているのである。マグニチュード9.0の地震が起こっても不思議ではないと思っても当然であろう。それをいうに事欠いて想定外とはとてもではないが、科学者の吐く言葉ではない。まして、昭和8(1933)年には、マグニチュード8.1の昭和三陸地震が発生し、太平洋沿岸を津浪が襲い、死者1522名、行方不明者1542名の犠牲者を出している。この事実を踏まえれば、東北沿岸に大地震が起こって大津波がくることも想定されたはずではないのか。それを、政府・東電・御用学者たちはグルになって100パーセント原発は安全だと嘯いていた。

 寺田が東日本大震災の惨状を見たら、人間は全く進歩しないと嘆くであろう。

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 東日本大震災以降、頻繁にマグニチュードという単語がメディアから聞かされています。マグニチュードを理解する上で少し参考になりますので、ブログ「数学のセンスを身につける問題」の「地震のエネルギーは対数で計算する。」を閲覧してください。

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