ハル・松方・ライシャワー 広中和歌子訳「絹と武士」を読む

明治学院東村山高校・中学敷地内に建っているライシャワーの生家 リーマンショック後、世界は金融不況に突入し、ギリシャ問題が生じてからは、金融不況はついに金融恐慌の様相になってきた。
 金融不況といえばインフレになるのが普通であるが、日本では長らくデフレになっている。デフレにしろインフレにしろ、近代に入ってからの日本は、何回も金融不況に耐えてきた。
 西南戦争は、明治の世になって政府が直面した最大の内乱であった。政府は戦費を賄うために大量の紙幣を刷った。そのおかげで、反乱軍は鎮圧したが、戦争後、インフレになり、日本は大不況になった。そのとき、活躍したのが薩摩出身の後の元老松方正義で、松方は果敢なる決断力を持っていろいろな策を講じ、インフレを撃退した。その後、経済は成長軌道に乗った。この一連の松方の行動は、松方デフレといって、日本史の教科書にはかならず載っている。松方は、日本を近代産業国家にする上において、なくてはならない大功労者であった。
 私が子どもの頃、アメリカの駐日大使はライシャワーという人であった。ライシャワーは政治家ではなく、東洋学の研究家で、特に知日派であった。ライシャワーが大使になって、日本とアメリカの結びつきはより強固になった。ライシャワーは単なる知日派ではなかった。最初の奥さんを病気で亡くした後、二度目の奥さんになった女性は日本人であった。その女性は松方春子といい、松方正義の孫であった。ライシャワーと結婚して、ハル・松方・ライシャワーという名前になった。
 ライシャワーは日本大使をやめると、ハルとともにアメリカに帰り、ハーバード大学の教授に戻った。ハルは献身的に夫を支えながら、たくさんの資料を調べて、英語でタイプを打っていた。それは、彼女の父方・母方の祖父についてのものであった。自らのルーツを辿ろうと思ったに違いない。

生麦事件遭難碑 「絹と武士」はハル・松方・ライシャワーが書いた彼女の2人の祖父を中心にした家族史である。ただ、単なる家族史ではなく、祖父たちの生きた幕末・明治の歴史が詳しく書かれた歴史書としても一級の本である。
 「絹と武士」というタイトルをなぜつけたかは、読み進むうちにわかってくる。武士とは、ハルの父方の祖父松方正義のことであり、絹とは母方の祖父新井領一郎のことである。私はこの本を読むまで、新井領一郎なる人物を知らなかった。
 新井は明治の初めアメリカに渡り、ほとんど一人で日本の絹をアメリカの地で売った貿易商である。想像を絶する苦労と斬新なアイデアとそして何よりも誠実さで、アメリカの商人たちの信頼を獲得して大成功をおさめた。間違いなく日本を代表する大実業家であった。新井を抜きには日米貿易史を語ることはできないであろう。
  明治初期の日本はたいへん貧しく、輸出するものといえば絹ぐらいしかなかった。新井は日本の絹の質を高め、アメリカの商人に日本の絹のよさを認知させ、大量の絹をアメリカに売った。その稼いだ外貨は、日本が近代国家になるために必要な物を買うために費やされた。もし、新井のような貿易商がいなかったら、日本の発展はなかったかもしれないと思うほど、新井は日本のために尽くした。私は新井は偉人中の偉人だと思うが、歴史の教科書には新井のことは載っていない。
 「絹と武士」はほとんど松方と新井のことについて書かれている。松方の生涯の記述もおもしろいが、新井の生涯の記述は私には新鮮でたいへんおもしろかった。日本とアメリカが現在、切っても切れない関係にあるのは、新井みたいな両国の架け橋になった人がいたからだとつくづく思う。

 「絹と武士」はハルが精魂込めて書いた感動的な本である。日本の近代史を知りたい人にはぜひとも読んでほしい本である。広中和歌子の訳文もすばらしい。

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ロダン作「カレーの市民」 写真上は、ライシャワーの生家です。もともと生家は東京都港区白金にある明治学院敷地内にありました。建物は宣教師住宅で、1910年にライシャワーは誕生しました。現在は東京都東村山市にある明治学院東村山高校・中学の敷地内に建っています。
 写真中は、横浜に建っている生麦事件遭難碑です。「絹と武士」の中に生麦事件の様子が書かれています。事件の時には薩摩藩士の松方正義は、藩主の父である島津久光が乗っている籠の警備をしていました。
 生麦事件に関しては、ブログ「名作を読む」の大仏次郎「霧笛」十返舎一九「東海道膝栗毛」の中に少し書きましたので興味がある方は参考にしてください。
 写真下は、国立西洋美術館に展示されているオーギュスト・ロダン作の「カレーの市民」です。「カレーの市民」は、14〜15世紀の百年戦争で、フランスの港であるカレーがイギリス軍に1年に渡って包囲されていたことに基づいて製作されました。
 国立西洋美術館は、松方コレクションを基にして1959年に設立されました。松方コレクションは、実業家松方幸次郎が、フランスで多くの美術品を蒐集したものです。松方幸次郎は、松方正義の三男で、ハル・松方・ライシャワーの叔父にあたります。

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(1987/10)
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テーマ : 歴史・時代小説 - ジャンル : 本・雑誌

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