佐江衆一「五代友厚 士魂商才」を読む

JR指宿枕崎線と開聞岳


 明治維新になって、日本は急速に産業社会に成長した。これには西洋諸国も目を瞠るばかりであった。それまで封建社会であった日本が、まがりなりにも西洋で成長した資本主義を取り入れ、国に根付かせようとした。そして種々の産業が立ち上がり、日本は近代産業社会へと邁進していったのである。
 日本が産業国家になる原動力は一体何であったのであろうか。いろいろな理由があるが、その一つが武士の存在である。
 資本主義社会とは商売人が幅をきかす社会である。商売人とは、江戸時代では商人である。武士は人民の上に立ち、人民の指導者として君臨していた。武士は本来、商売とは縁もない階層の人間であった。その元武士たちが日本を産業国家へと導いたのである。
 日本が封建社会から近代産業国家へと成長するにおいて、元武士たちの果たした役割は非常に大きい。このことは肝に銘ずべきである。
 明治になって、江戸時代の商人たちだけで果たして日本を産業国家に育てるこができたであろうか。できるはずがなかった。商人と武士は、行動原理が決定的に違っていたからである。商人は家の利益のために行動し、武士は国のために行動した。武士の行動規範の根本には、自分たちが国を導いていくという思いが厳然とあったのである。武士は国のために平気で命を捧げることができた。新生日本が元武士たちに指導されたことは、よくよく考えれば特筆に値する。
 日本が産業国家になる上に、重要な人物が二人いる。渋沢栄一と五代友厚である。西の五代、東の渋沢といわれた。明治時代、優れた実業家がたくさん輩出したが、影響力においてやはりこの二人には及ばない。
 渋沢と五代が他の実業家と違うのは国の将来の図面をもとに、産業界をプロデュースしたからである。彼らの頭の中には、日本はこうなるべきだという確固とした姿が納まっていた。

 佐江衆一の「五代友厚 士魂商才」は、五代友厚の半人生を描いた長編小説である。幕末から明治維新の時期を中心に書かれている。
 この小説の中心テーマは、若くして西洋文明に接した五代の情熱である。その情熱とは、日本を西洋諸国と同じように産業国家にして、日本を豊かにするというものだ。その情熱が、本の隅々から迸ってくる。どんな艱難辛苦にも耐えて、五代は目標を達成するために獅子奮迅の戦いをする。
 物語は薩摩藩から学生として、幕府の主宰する海軍伝習所に派遣されるところから始まる。五代は、学生長の勝海舟に出会い、勝に興味を持つ。それは五代がうっすらと考えていたことが、勝の考えていることと似ていたからである。それは、貧しい日本が西洋諸国と伍していくには、貿易をさかんにして利益を上げ、その利益を軍備増強・産業育成に振り分けるべきであるというものである。勝の頭には、攘夷などというものは毛頭ない。
 五代の地元の薩摩藩は、開明の島津斉彬はいるが、まだまだ藩全体としては、攘夷に傾いており、声高に西洋と貿易をしようといえる雰囲気ではなかった。
 それ以降、五代は幕末の動乱の渦の中に飲み込まれていく。五代が最も辛かったのは、薩英戦争のとき英国軍の捕虜となり、藩から裏切り者と見られたことである。英国軍から釈放されても、薩摩に帰ることはできず、身の危険を感じて身を隠した。
 しかし、時代が五代を放っておくはずがなく、五代は大久保一蔵(利通)の片腕として動いた。ご法度の海外渡航もはたした。薩摩藩留学生としてヨーロッパに滞在した。この経験が後の五代を形作ったといってもよい。五代は日本を西洋諸国とくに小国のベルギーみたいな国にしようとした。
 明治になって、目標を遂げるために、大久保の強い慰留を振り切って、五代は官を辞し、一私人になった。五代は数々の企業を起こし、傍ら、大坂に企業の組合である商工会議所も作り、企業を育成する環境を整えた。かくして、大阪の町は産業の町として大きく飛躍していく。
 
 まさに五代は士魂商才の人であった。

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テーマ : 読書感想文 - ジャンル : 小説・文学

Tag : 佐江衆一 五代友厚 士魂商才