新城道彦「朝鮮王公族」を読む

赤坂 旧朝鮮公邸跡


 歴史認識における韓国の日本批判が止まない。ヒステリーのように韓国は日本を糾弾する。はたして、戦前、日本は朝鮮に対してとてつもなく非人道的な仕打ちをしたのであろうか。そして、歴史を直視せよというが、韓国自身、歴史を直視しているのであろうか。 私は長い間、韓国の歴史認識に対して疑問に思っていたことがある。それは、日本が朝鮮を併合まで存在していた大韓帝国の皇室のことである。
 朝鮮は長らく王制を敷いていた。中国の冊封(さくほう)体制に組み込まれた国の一つで、中国皇帝から王の称号をもらっていたのだ。朝鮮は中国の属国といってよく、朝鮮王が皇帝を名のることは絶対に許されなかった。
 日本が明治を迎えて朝鮮と関係を結んだときは、朝鮮はまだ李朝体制であった。王が君臨していたのであるが、独立国家ではなかった。
 日本が日清戦争に勝利して、朝鮮は独立し、大韓帝国が誕生した。このとき初めて、朝鮮王は皇帝を名のることができた。初代皇帝は李朝第26代王である高宗太皇帝である。大韓帝国は二代続き、二代目の純宗皇帝のとき、日本に併合され、大韓帝国は消滅した。
 朝鮮の歴史は古く、李朝だけでも約500年以上も存続した。その前は高麗王朝で、これまた500年近く存続した。
 朝鮮の王家のことは、韓国ドラマによく登場するが、歴史認識において日本を批判するときには、李朝の王のことはほとんど触れられない。李朝が滅亡した直接の原因は日本にあるのだから、慰安婦・労働者強制連行と同様に、口を極めて日本を非難してもよいはずだが。実際に、韓国国民は李朝の王家のことをどう思っているのだろうか。
 王というのは国民にとって特別なものである。私は、心底、戦後日本が劇的に復興したのは、天皇制があったからだと思っている。天皇のもとに日本は精神的に団結したのである。天皇の武装解除の命令によって、日本はぴたっと戦争をやめた。戦後まもなくの混乱も天皇がいたからこそ大きくはならなかった。日本人にとって、天皇はなくてはならない存在である。このことを強烈に認識していたのは、他でもない、占領軍のアメリカであった。
 もし、終戦後、朝鮮で李朝が復活したらどうなっていたであろうか。戦後、李朝は復活しなかった。李朝の王家はどうしたのか?なぜ、李朝の王家は再び皇帝にならなかったのか?これが、私の疑問であった。

赤坂 旧朝鮮公邸の写真

赤坂 旧朝鮮公邸の写真


 この疑問に答えてくれたのが新城道彦の「朝鮮王公族」である。
 韓国では日本で出版される韓国に関しての本を嫌韓本として唾棄すべきものとしているが、この本もその類と考えているのだろうか。「朝鮮王公族」は一級の歴史書で、意図的に韓国を貶める記述は一切ない。信用できる資料に基づいて歴史的事実を述べている。ぜひとも、韓国人にも読んでほしいものである。
 私はこの本を読んで深く感銘を受けた。日本政府は大韓国帝国の皇族を手厚く待遇し、大韓帝国の皇族は日本の皇族に敬意を表した。
 日本政府は大韓帝国の皇族を「王公族」として、日本の皇族に準ずるものとした。純宗皇帝が王公族の初代の李王となり、純宗皇帝の弟の李垠(りぎん)が第二代の李王となって終戦を迎えた。
 準ずるとはいえ、王公族の身分は日本の皇族とほとんど同じで、日本人も彼らを日本の皇族と同様に崇敬の念をもって接した。王公族は日本の皇族と同じ義務を背負い、李垠は陸軍中将まで勤めた。他の王公族も軍に属し、日本のために戦ったのである。ある王公族は広島で、原爆によって死んだ。
 王公族は皇族として日本人として立派に義務を果たして戦後を迎えたが、韓国は再び彼らを韓国の皇族として扱うことはなく、彼らは一般の韓国人ないし日本人として戦後を生き抜いた。

 李朝王家と天皇家は親戚みたいなものであった。だからこそ、韓国は李朝王家の人たちを許せないのか。

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テーマ : 読書感想文 - ジャンル : 小説・文学

Tag : 大韓帝国 李朝 朝鮮王 李垠