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ケント・ギルバート「リベラルの毒に侵された日米の憂鬱」を読む

国会議事堂


 言葉が氾濫している。意味のわからない言葉が堂々と正義漢づらして闊歩している。その最たる言葉がリベラルである。リベラルとは耳に心地よい言葉であるが、その実、定義が全く曖昧である。曖昧というより、意味そのものがないようだ。主体性がなく、しっかりとした理念も信念もない者が自分を格好良く見せるときに便利なのがこの言葉だ。
 リベラルとは本来、自由主義者とか進歩主義者という意味のはずだが、今ではあの共産党もリベラルだそうだ。自由とは偏見にとらわれないことなのだが、偏見の塊の共産党が今やリベラルなのである。そういえば、昔、革新と訴えていた党がいたが、この党は改革を反対ばかりしていた。
 リベラルに対して使われてきた保守も今や意味が曖昧になってきている。保守というと右翼のことらしいし、守旧という意味でもあるらしい。概して、リベラルはいい印象を与えるとき、保守は悪い印象を与えるときに使うらしい。
 文化の中で最も大切なものはと問われれば、私は言葉と答える。文化において言葉ほど大事なものは他にあろうか。日本が二千年の間の長きに渡って、文化的に高度な国家としてやってこれたのは、日本語という体系化された言語空間があったからだ。言葉を大事にしなければ国が亡ぶ。
 今や共産党を含めた日本の野党はリベラルという虚名のもとに、与党たる自民党を糾弾している。私にいわせれば、自民党の方がはるかに野党より進歩的で、その意味では自民党の方がリベラルではないかと思う。
 かくして新聞を筆頭として意味不明な言葉を声高に叫ぶことによって、マスコミ・野党たちは国をいたずらに混乱に陥れている。ここらあたりで、しっかりと言葉の重要性を認識して、もう一度リベラルとは何かを考えてみるのもよいのではないか。

首相官邸

最高裁判所


 ケント・ギルバートの「リベラルの毒に侵された日米の憂鬱」はリベラルというものの実態を理解するのに最適の書である。
 この本を読んで、私が深く感銘を受けたのは、冒頭の三島由紀夫に関する件である。ケントは、三島の「春の雪」を読んで強烈な衝撃を受けたという。「春の雪」の主人公である華族の息子の松枝清顕が何物にもとらわれない自由人であることに驚嘆している。この松枝は幼な馴染ではあるが、皇族の婚約者になっている女性と不義の関係になる。敬虔なるキリスト教徒であるケントには松枝の行動が理解できなかったらしい。
 私もというより日本人の読者はほとんど「春の雪」を読んで、ケントと似たような感覚を持つのではなかろうか。松枝は最大の禁忌を犯した勇気(?)ある男なのである。禁忌を犯すことが三島文学の本質のテーマである。禁忌を犯すイコール自由ともいえる。
 このケントの記述を見ても、ケントがいかに日本のことを根底から理解していることがわかる。そのケントがリベラルについて、猛烈に批判しているのがこの本である。どうやらアメリカと日本のリベラルにはかなり共通点があるらしい。
 アメリカのリベラルたちは次のように理解されている。

「腹黒くて、胡散(うさん)くさい」
「抑圧的で、批判ばかりで、うっとうしい」
「自分たちだけげ絶対的正義と考えていて傲慢(ごうまん)」
「口だけ達者な無責任な連中で自分の非を認めない」
「身勝手で利己的だから、自分の自由のためなら他人の自由を平気で侵害する」
「現実を無視してキレイごとばかりいう」

 思わず笑ってしまった。日本のリベラルと全く同じだからだ。ケントは上記の内容を具体的に経験的に説明をし、彼らの行動がいかにおかしいかを論理的にわかりやすく解説している。まさに正論だと思う。
 だが、アメリカと日本のリベラルの違いも指摘している。アメリカのリベラルは国を愛し、国を必死になって守ろうとするが、日本のリベラルは日本という国そのものを否定している。ケントはこの日本のリベラルの主張に批判を加えると同時に、なぜ、リベラルが国を否定するようになったかも詳しく説明している。

 意味不明な言葉をいろいろと叫ぶリベラルだが、彼らの辞書には「国を愛する」、「国を守る」という言葉はないらしい。

「豊饒の海 第一巻 春の雪」の感想文はここから読めます。→
http://www.suugakudojo.shop/contents/book/mishima.html#harunoyuki

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 写真は、上から国会議事堂、首相官邸、最高裁判所です。国会議事堂のまわりは安保法案の時に、デモの聖地でもなったかのような報道で、地上波のニュースが流していました。以下の写真は、国会議事堂の廻りを散歩したときに撮影したものです。調べれば歴史が詰まった場所だということがよくわります。

憲政記念館

憲政記念館 尾崎行雄の像

 写真上は、憲政記念館と憲政記念館内に建っている憲政の神様といわれている尾崎行雄の像です。

国立国会図書館

梨木坂の案内板

 写真上は、国立国会図書館と図書館の横にある梨木坂の案内板です。『江戸紀聞』に「梨の木坂、井伊家の屋舗の裏門をいふ。近き世までも梨の木ありしに、今は枯れて其の名のみ残れり。」と書いてあります。

国会議事堂前庭 井伊掃部頭旧邸跡の案内板

 写真上は、井伊掃部頭邸跡(前加藤清正邸)の案内板です。案内板には次のように記されています。
< この公園一帯は、江戸時代初期には肥後熊本藩主加藤清正 の屋敷でした。加藤家は二代忠広の時に改易され、屋敷も没収されました。その後、近江彦根藩主井伊家が屋敷を拝領し、上屋敷として明治維新まで利用しています。(歴代当主は、掃部頭(かもんのかみ)を称しました)
 幕末の大老井伊直弼 は、万延元年(1860)3月に、この屋敷から外桜田門へ向かう途中、水戸藩氏らに襲撃されました。>
名水「櫻の井」の石碑

 写真上は、江戸の名水「櫻の井」の石碑です。石碑には次のように記されています。
< 「櫻の井」は名水井戸として知られた「江戸の名所」で、近江・彦根藩井伊家上屋敷の裏門外西側にあったが、ここは加藤清正 邸跡(都旧跡)で、清正が掘ったと伝えられている。三連式釣瓶井戸で、縦約1.8メートル、横約3メートルの石垣で組んだ大井戸で三本の釣瓶を下ろし、一度に桶三杯の水が汲め、幕末当時江戸城を訪れる通行人に豊富な水を提供し、重宝がられた。
江戸名所図会 に絵入りで紹介され、歌川(安藤)広重の「東都名所」の「外櫻田弁慶櫻の井」(天保14年(1843)(図)にも描かれている。安政7年(1860)3月3日には大老井伊直弼 がこの井戸の脇から登城途中、暗殺された。
 大正7年(1918)史蹟に定められ、東京都は昭和30年(1955)旧跡指定。昭和43年(1968)道路工事のため交差点内から原形のまま10メートル離れた現在地に移設復元された。>


テーマ : 読書感想文 - ジャンル : 小説・文学

Tag : ケント・ギルバート リベラルの毒に侵された日米の憂鬱