勝海舟「氷川清話(ひかわせいわ)」を読む

勝海舟生誕地の碑 勝海舟が始めてアメリカに行って帰朝したとき、勝は老中からアメリカについて眼についたところを問われた。<別にありません>と答えたが、あまりにもしつこくたずねるので以下のように返答した。
<さよう、少し眼につきましたのは、亜米利加では、政府でも民間でも、およそ人の上に立つものは、みなその地位相応に怜悧(れいり)でございます。この点ばかりは、まったくわが国と反対のように思いまする>
 さすがに老中も<この無礼もの控えおろう>といった。
 勝は誰に対しても思ったことはずばずばといった。勝の行動の原理の核をなすものは誠であった。すべて誠で事にあたった。

 慶応4年3月、江戸は戦場になる寸前であった。もし、幕府が朝廷にたいし恭順の意を示して江戸城を明け渡さなければ、西郷隆盛率いる官軍が江戸を総攻撃する段取りになっていた。まさに一触即発の状態であった。幕府の代表者として勝は西郷と会談する。西郷は会談時間に遅れ飄々と会談に臨んだ。
 会談はきわめて短い時間であったが、すぐ合意にいたった。江戸城は無血開城と決まった。ここに、江戸は戦火からまぬがれたのである。勝海舟と西郷隆盛という2人の傑物が江戸そして日本を救ったといえる。
 それから77年後、東京そして日本の主な都市は灰燼に帰した。1945年3月の東京大空襲、8月の広島・長崎の原爆を経て日本は降伏し、そして連合国(といってもアメリカ)の占領下におかれた。日本は落ちるところまで落ちたのである。
 勝と西郷は江戸を救いそして、列強の占領下になることを阻止した。昭和の政治家・軍首脳は日本をずたずたにし、日本は独立を失った。何でこうなったのか。

 勝海舟の「氷川清話」は勝が晩年になって過去を振り返って語ったものをまとめたものである。話言葉で書かれているので非常に読みやすい。主に、勝が出会った人物を中心に書かれている。幕末・明治維新をしる上では最高の資料ともいえる。
 勝は舌鋒するどく出会った人物たちを一刀両断のもとに評する。主な人物についての評をみてみよう。

西郷隆盛<いわゆる天下大事を負担するものは、果たして西郷ではあるまいかと、またひそかに恐れたよ>
佐久間象山<佐久間象山は、物識(ものし)りだったヨ。学問も博し、見識も多少もっていたよ。しかしどうも法螺(ほら)吹きで困るよ>
藤田東湖<藤田東湖は、おれは大嫌いだ。あれは学問もあるし、議論も強く、また剣術も達者で、一廉(ひとかど)役に立ちそうな男だったが、本当に国を思うという赤心がない>
木戸孝允<木戸松菊(しょうぎく)は、西郷などに比べると、非常に小さい。しかし、綿密な男サ。使いどころによりては、随分使える奴だった。あまり用心しすぎるので、とても大きな事には向かないがノー>
島津斉彬公<斉彬公[順聖]は、えらい人だったヨ。西郷を見抜いて、庭番(にわばん)に用いたところなどは、なかなかえらい>

 勝にかかったら藤田東湖も木戸孝允もかたなしである。
 「氷川清話」は人物評の他に勝の生き方も書いている。勝は生きる上で一番大切なものは誠だといっている。誠のことを誠意正心ともいっているが、誠心誠意ということだろう。勝は西郷に対して誠心誠意国のことを思って自らの考えを述べたのである。官軍に屈服したわけではない。大人物の西郷はすぐに勝の意を汲んだのである。
 「氷川清話」を読むと勝は大きな度量だけでなく、大政治家のみがもつ戦略眼をも合わせもっていたことがわかる。勝は当時の世界情勢を熟知していて、東アジアは列強の力関係の中に埋没していることも認識していた。勝はその力関係の中で日本の独立を維持しなおかつ日本を近代国家にしようと意を尽くしたのである。現代流にいうと自分なりのゲーム理論を構築していったのである。外は列強に眼を向け、内は幕府そして日本のあるべく姿に眼を向けた。
 視野が広く、裏の裏まで読み解く眼力をもち、そして度量が大きく情にあつい。勝とはこんな人間のように見える。

 私が勝海舟に興味をもったのは江藤淳の「海舟余波」を読んでからだ。江藤の晩年の名著「南洲残影」をあげるまでもなく、江藤は勝海舟と西郷隆盛を非常に高く評価していた。終戦時江藤は12歳の少年で、終戦は鎌倉で迎えた。江藤少年は終戦直後、鎌倉の浜辺から遠く相模湾の水平線上を見た。水平線にはアメリカの軍艦が横一列びっしりと並んでいた。これが他国に占領されるということであると江藤少年は思ったに違いない。この体験がエネルギーとなって江藤淳のその後の方向性を決めたように私には思える。

 「氷川清話」は日本人が「日本を想う」とはどのようなことかと考えさせられる一書である。

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 写真は、東京都墨田区両国に建っている勝海舟生誕地の碑です。

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