宮本常一の「イザベラ・バードの『日本奥地紀行』を読む」を読む

中尊寺に建っている松尾芭蕉像 私は歴史が好きである。だから幕末・明治維新の歴史的事実なるものはだいたい知っているつもりだ。黒船来航・日米和親条約・日米通商条約・安政の大獄・長州征伐・大政奉還・戊辰戦争そして西南戦争までの明治維新の動乱などについては私だけでなくだれでもが知っていることであろう。だが、それで本当に歴史を知ったことになるのだろうか。
 私は民俗学に関する本を読むたびに本当の歴史とは何かと考えるようになった。上にあげた事実は政治的事実別のいいかたをすれば公的な文書に記載されて残っている事実である。公的な文書に書かれなかった事実もあるはずだ。それは民衆の声であり生活であるはずだが、その事実こそ本当の歴史的事実ではないかと私は思うようになった。教科書にはなかなかのっていない事実である。
 一般民衆が残した文書は非常にわずかである。庶民の生活を知るためにはわずかの文書と伝承だとかにたよるしかないが、まれに紀行文なるものが残されている場合がある。その紀行文から庶民の生活実態を類推することは可能である。

 イザベラ・バードは19世紀のイギリスの偉大なる女性旅行家であった。アメリカ・オーストラリア・ニュージーランド・ハワイ諸島・朝鮮・中国など世界各地を旅行し、その旅行記を発表している。日本には明治11年(1878)の夏に来て3ヶ月間滞在した。彼女はおもに東国日本と北海道を旅行し「日本奥地紀行」という旅行記を書いた。
 日本の偉大なる民俗学者といえば真先に柳田国男の名前があがるが、柳田に劣らず偉大なる民俗学者の一人に数えられるのが宮本常一である。宮本は民俗学の鬼のような人で柳田からその才能を見出される。宮本は日本全国を歩きまわった。歩いた距離は16万キロメートル(地球4周分)におよび、泊まった民家は1000を超えたといわれる。日本の白地図に宮本の歩いたところを赤インクで点を打つと真っ赤になるともいわれている。
 私が宮本常一の名前を知ったのは司馬遼太郎の「街道をゆく」を読んだときだ。「街道をゆく」のシリーズのなかでそれこそたびたび宮本の名前が登場するのである。司馬が宮本のことを畏敬しているのがわかった。

 「イザベラ・バードの『日本奥地紀行』を読む」は宮本が「日本奥地紀行」の講読会で発言した内容を本にしたものである。「日本奥地紀行」に書かれたある内容に対して宮本なりの解釈をほどこしている。
 この本は私にはたいへんおもしろく新鮮で目を見開かせられた思いがした。イザベラ・バードが実際に見た内容からいろいろと類推する宮本の論理がすばらしい。宮本の論理の土台になっているのが日本中を見て回った体験と博覧強記の知識であることはいうまでもない。
 特に印象に残った内容を2つあげてみる。
 1つは当時の日本はとにかく蚤が多かったことである。イザベラ・バードも蚤には悩ませられた。この蚤のことから宮本は青森・弘前の「ねぶた」という行事に触れる。宮本によると「ねぶた」というのは「ねぶたい」ということで津軽では「ねぶた流し」といっている。夏になると蚤に悩まされてみなねむいのでそのねむ気を流してしまおうというところから「ねぶた流し」という名がついたということだ。
 もう1つはイザベラが米沢の盆地を訪れたときのことだ。それまで彼女は日本人の貧しさにかなり言及しているのであるが、米沢の村が非常に豊かであることにたいへん驚く。エデンの園とまでいっている。上杉鷹山の政策が本当に実ったのだと私は実感した。ただ平野から離れた山の中に行くと、貧しい村になるともイザベラは書いている。宮本は米沢藩の領内といえども実際には貧しさと豊かさは隣合わせになっていると指摘している。

 イザベラ・バードは偏見も先入観もなく科学的な目で見たままを書いている。このイザベラの見た事実において宮本がいろいろと解説し、その事実を踏まえて自分の考えを紹介してくれるのである。西洋と東洋の偉大なる旅行家2人の目をとおして私たちは明治初期の日本の実態に迫ることができるのである。
 民俗学的な追求なくして歴史はなりたたないとこの本を読んで私は痛切に感じた。

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 写真上は、岩手県平泉の中尊寺に建っている松尾芭蕉像。『五月雨の 降りのこしてや 光堂』の句碑が建っています。


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