守屋洋「『韓非子』を見よ」を読む

国会議事堂 人間の心は本質的に善なのか、それとも悪なのか。孔子は性善説をとり、荀子は性悪説をとった。どちらの説が正しいかは、誰もわからない。人間というものは、時と場合によってコロコロと変わってしまう曖昧なものであるからだ。
 司馬遼太郎は「歴史を動かすのは利害関係だ」という確かな歴史観を持っていた。だからこそ、司馬の書く歴史小説はロマンがあっても、現実に足がついている。関が原の戦いで、徳川が勝利したのは何も徳川家康に徳があったわけではなく、徳川についた方が自分の得になると、多くの大名が考えたからだ。逆に、幕末、徳川が潰れたのは、多くの大名が薩長を中心とする倒幕勢力についた方が、自分の利益につながると思ったからである。 儒教が教える「忠臣は二君にまみえず」は、平和な時ならいざ知らず、非常時のときは意味をなさない。生きるか死ぬかのときには、人間は理性ではなく、本能で動くからである。その本能とは自己保身である。別の言い方をすると、人間は自分の利益のために動くということである。このことを知らないと、優れた政治家にも経営者にもなれない。
 なるほど、人間の行動力の源が自分の利益に根ざしているということは、政治家を見れば一目瞭然である。口では、国家・国民のためとはいいながら、自分の所属するグループの保身と自身の利益のためだけに行動している。彼らの根本的な目標は選挙に勝つということだけである。
 古代中国において、漢が中国を統一するまで、長らく、中国はたくさんの小国に分かれており、お互いに鎬を削っていた。合従連衡・権謀術策が渦巻く世界であった。その時代を春秋・戦国時代という。百家争鳴と言われるほど、その時代は、孔子を筆頭として、それこそたくさんの思想家たちが跋扈した。彼らのほとんどは、いかに国を治めるかについて説いた。
 孔子は性善説をとり、人間は生まれながらにして善なるもので、学習をすれば徳を身に付けることができると説いた。徳が溢れれば、国は平和になり、豊かにもなると説いた。孔子のような考え方をする思想家を儒家と呼んだ。
 儒家に対し、人間は本来悪であるという性悪説をとって思想を展開する一派を法家と呼んだ。法家を代表する思想家が韓非子である。
 韓非子の説いた話の中で、最も有名なのは「矛盾」の由来の話であろう。この話でもわかるとおり、韓非子は非常に合理的な考え方をする人であった。

 守屋洋の「『韓非子』を見よ」は、韓非子の代表的な話を紹介しながら、韓非子の思想をわかりやすく解説したものである。
 韓非子は、人間は本来怠け者で、常に楽をしようと考え、あまつさえ、自分の利益になるためなら平気で悪を行うという前提から自分の説を展開していく。そして、導かれた原理は、人間は自分の利益のために行動するというものである。この原理から、韓非子は人間を動かすには、賞と罰が大事だという。ある決め事を守った場合には賞をやり、守らなければ罰を与えるというものである。
 次に紹介する話は韓非子の思想を実にうまく表している。
 昔、ある国の王様が酒に酔って寝てしまった。それを見た冠係りの役人が、それを見て、風邪をひいてはたいへんと衣をかけてやった。王様は起きると、衣がかかっているので、うれしくなり、誰がかけたのかと側近にきいた。冠係りだという答えが返ってきた。王様は不機嫌になり、冠係りと衣係りを罰した。
 王様が罰した理由は、冠係りが自分の職務以外の仕事をしたことであり、衣係りが自分の仕事をしなかったからである。この話をきいて、冠係りは心のやさしい人で褒めてやるべきだと考えたら、優秀なリーダーにはなれないと韓非子は説く。
 「『韓非子』を見よ」にはたくさんの話が紹介され、みんな含蓄がある。思わず、私たちが常識と思っていることに大きな陥穽(かんせい)があることに気づかされる。

 韓非子は二千年の時を超えても読み継がれている。それは、人間社会の真理を伝えているからであろう。

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 写真は、国会議事堂です。将来政界、官界、財界で活躍することを考えている人は「韓非子」は必読です。「韓非子」以外の古典も多数読んでください。人間を深く理解していないと人を動かすことはできません。

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(2009/04/20)
守屋 洋

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