石平 「なぜ日本だけが中国の呪縛から逃れられたのか」を読む

奈良 飛鳥寺 飛鳥大仏


 日本は中国から強い影響を受け、様々な制度・文化を取り入れたのは厳然とした事実である。律令制も漢字も中国から伝わった。特に、漢字は日本の文化の土台を成すもので、漢字がなかったら日本の文化は語れない。韓国も同様に中国から強い影響を受けている。日本・中国・韓国は同じ中国文化圏のもとで歴史を歩んできたことになる。

 個人的なことを申せば、私は大学で中国の歴史を学んで以来、長い間、中国の古典に親しんできた。「論語」「唐詩選」は愛読書であり、「水滸伝」「金瓶梅」も何度か読んだ。私は正直いって、中国の古典に畏敬の念をもっている。

 「論語」というと、堅苦しい道徳の書で人の心を縛るものだと敬遠されがちだが、何度も読むと味わいが出てきて、何とも人間愛に満ちた書物であることがわかる。「論語」を儒教に被せて軍国主義と結びつける輩がいるがまったくの的はずれである。
 「論語」が現代日本人の行動原理の一部を成していることは否定できない。だからこそ、日本人の行動が世界から賞賛されるのである。日本人の行動原理の核を成すものは武士道であり、武士道を形成する大きな要素が「論語」であることを日本人自身が肝に銘じなければならない。

 競技において勝者は敗者をいたわれ。意外かもしれないがこれは「論語」の教えるところで、孔子はスポーツマンシップも説いているのである。下の者が上の者に対する礼儀があると同時に、上の者が下の者に対する礼儀もある。これも「論語」で繰り返し教えるところである。日本人の客が店の者に礼を尽くすのは、この教えが生きているのかもしれない。日本人の美徳のルーツを辿ると「論語」に行き着くことが多くある。

 「論語」から影響を受けた日本人の行動が世界から賞賛されるのなら、「論語」の本場の中国人や「論語」に日本より強く影響を受けた韓国人の行動は日本人よりはるかに賞賛されるはずだが、彼らの行動は非難されることはあっても、褒められるということはない。中国と韓国が高度経済成長を果たしたここ三十年ばかりの中国と韓国の行動を見ていると私は同じ「論語」を学んだ国なのかと唖然としている。中国も韓国も国を挙げて平然と約束を破り、平気で嘘をいう。中国人も韓国人も日本人とまったく異質だといわざるを得ない。日本・中国・韓国が心から仲良くする時代は永遠に来ないと確信する。

湯島聖堂 孔子像

湯島聖堂 大成殿


 なぜ、同じ「論語」を学びながら、日本と中国・韓国はこうも違うのであろうかと疑問に思っていたが、その疑問を解消してくれる本に出合った。それが石平氏の「なぜ日本だけが中国の呪縛から逃れられたのか」である。

 この本を一読してまず思ったことは、石平氏が中国から帰化した日本人だからこそ、中国と日本を相対化して見れるのだということである。石平氏は、日本が中国から多大な影響を受けながら、中国文化の核ともいえる中華思想に毒されなかったことに驚いたのであろう。

 石平氏は、日本に儒教が仏教より早く伝わってきたのに、儒教を軽んじて仏教を熱心に取り入れたのは、中華思想を否定したからだという。時の日本のリーダーは儒教を本格的に取り入れると、必然的に中華思想の影響を受け、結果的に日本が中国の属国になると気が付いていた。中華思想とは、中国が世界の中心で、中国の回りの国々は文明の劣った野蛮な国だというものである。中華思想を受け入れるとは、中国の柵封体制に組み入れられるということである。

 日本ははなから中国の属国になることを否定し、インドで発生した仏教を重んじたのである。日本は中国と対等に付き合おうとした。日本は独立国家であると中国に主張をした日本のリーダーが聖徳太子である。

 江戸時代になるまで、日本では儒教は無視されたが、江戸時代になると幕府は儒教を重んじ、寛政になると朱子学を官学にした。儒教は武士の必修であったのである。ところが、日本人の儒者の中には、荻生徂徠のような朱子学を否定するものが現れ、日本独自の儒教を構築していった。いわゆる古学派といわれる人たちである。古学派は直接「論語」を研究した。古学派の成立によって中国の儒教と日本の儒教は本質的に違うものになった。 古学派の流れは国学を生む。国学は中国そのものを否定するものである。国学は日本の古典を研究することによって、日本人本来の感性を突き止めた。「ものの哀れ」を感じることが日本独自の感性だというのである。

 江戸時代の後期は儒教と国学が並立しいるが、儒教が衰えることはなかった。それよりも、明治になると、儒教は国民全体に浸透してくる。教育勅語は儒教がベースになっている。
 石平氏は、なぜ明治になって儒教が日本に江戸時代以上に浸透したかについて、またその影響が現代にどう及ぼしているかは、今後の研究課題だとしている。

 この本を読むと、江戸時代までの日本は儒教にしろ仏教にしろ盲目的に受け入れるのではなく、受けいれても日本の風土にあったように作り変える知恵があったことがよくわかる。それだけ、日本人は独立自尊の気概をもっていたのであろう。

 これからますます国際化に進む現代の日本は、果たして、先人たちのように独立自尊の気概をもつことができるのであろうか。この本はある意味、盲目的に外国の文化を取り入れる現代日本人たちへの警告の書かもしれない。

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 写真上から、奈良飛鳥寺にある飛鳥大仏、湯島聖堂に建立されている孔子像、大成殿です。

奈良 飛鳥寺

奈良 飛鳥寺 652年壬申の乱の石碑

奈良 飛鳥寺 

 写真上から、奈良飛鳥寺の山門、飛鳥寺に建っている672年壬申の乱の石碑、飛鳥寺西門跡の案内板です。

奈良 談山神社

奈良 談山神社鳥居

 写真上から、奈良県桜井市にある藤原鎌足が祭神の談山神社の石碑と鳥居です。

湯島聖堂 昌平黌跡

港区 荻生徂徠墓所

港区 荻生徂徠墓所の案内板

 写真上から、千代田区湯島聖堂、港区にある荻生徂徠の墓所と案内板です。


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Tag : 石平 なぜ日本だけが中国の呪縛から逃れられたのか

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