新渡戸稲造「武士道(ぶしどう)」を読む

盛岡(不来方)城跡に建てられた石川啄木の詩碑 1902年の日英同盟は日本にとっては画期的であった。当時の英国は世界の覇権国であり、超大国であった。その超大国がいくらロシアに対して共通の利害があるからといって、東洋の開国して間もない小国と同盟を結ぶであろうか。まして、英国はそれまでどの国とも同盟を結んでいなかった。日本にとってはたいへん名誉なことであった。
 英国が日本の後ろ盾になったおかげで、日本は世界的に信用がつき、いろいろな面で恩恵を蒙ることになった。日本が日露戦争に勝利した1つの理由が日英同盟にあったことは論を俟たないことであろう。
 私は、日露戦争に思いを致すときはいつもなぜあの英国が日本と同盟を結んだのかと考えた。私は新渡戸稲造の「武士道」を読んで、武士道があったからこそ英国は日本と同盟を結んだのではないかと思うようになった。そもそもそのときには廃れていただろうが英国も騎士道の国ではなかったではないか。

 現在、日本人は真の国際人を目指さなければならないと喧しい。国際人、国際人というが、耳をすましてよく聞いてみると、英語が話せるのを国際人というらしい。はたしてそのような国際人たちは武士道について外国人にうまく説明できるであろうか。それ以上に彼ら自身武士道とは何かを理解しているのだろうか。
 考えてみれば武士道という言葉ほど人口に膾炙していて、それに反比例するようにその意味が理解されていない言葉は他にはないと思われる。武士道には仏教におけるお経、キリスト教における聖書のようなものはない。いわゆる教義がないのである。
 武士道といえば佐賀鍋島藩士山本常朝(1659~1719)の「葉隠れ」の「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」を挙げて、切腹することが武士道だと錯覚している人もいるかもしれない。「葉隠れ」の信奉者の三島由紀夫のあの腹切りがこの考えに拍車をかけているのだろうか。
 一体武士道とは何なのか。この素朴でかつ重要な疑問に答えてくれるのが新渡戸稲造の「武士道」である。
 新渡戸は少し前まで5000円札の顔になった人である。1862年、南部藩勘定奉行の子として生まれ、札幌農学校、東京大学で勉強し、そしてアメリカへと留学した。アメリカから帰国後、第一高等学校の校長、東京帝国大学の教授を歴任し、そして初代の東京女子大学の学長も勤めた。新渡戸は明治・大正・昭和を通じての偉大なる教育者であったのである。
 「武士道」は、新渡戸がアメリカにいるときに英文で書かれたものである。書いた動機は、ベルギーの法政学のある大家から宗教がない日本は道徳教育はどうしているかと尋ねられたからだ。確かに日本にはキリスト教のように、国民の行動の規範になるような宗教はなかった。だが、日本人は道徳観が強く、そして礼儀正しいと西洋人から見られていた。また、日清戦争の勝利などもあり、日本人は勇敢な民族であるとも思われていた。
 新渡戸は西洋人に対して「日本人とは何か」という意味で、武士道について書いたに違いない。

 「武士道」は17章からなっている。17章のタイトルは次のようになっている。

第1章 道徳体系としての武士道
第2章 武士道の淵源 
第3章 義または正義
第4章 勇気・敢為堅忍の精神
第5章 仁・惻隠(そくいん)の心
第6章 礼儀
第7章 真実および誠実
第8章 名誉
第9章 忠義
第10章 武士の教育および訓練
第11章 克己
第12章 切腹および敵討ち
第13章 刀・武士の魂
第14章 婦人の教育と地位
第15章 武士道の感化
第16章 武士道はなお生きられるか
第17章 武士道の将来

 私はこの「武士道」を読んで、「武士道とは死ぬことと見付けたり」とは全く思わなかった。逆に、「武士道とは使命をもって精一杯生き抜くための心のあり方」だと思った。「武士道」は間違いなく武士道に対しての偏見を打ち砕いてくれるはずである。
 それにしても私は新渡戸の教養の広さ・深さに畏れいった。新渡戸みたいな人を本当の教養人そして知識人というのであろう。宗教・歴史・哲学・文学など幅広く深い知識を駆使して武士道について説明するその論理は見事の一言に尽きる。
 私は「武士道」を読んで、「人を思いやる」ことも武士道の重要な要素の1つだと思った。

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 写真は、盛岡(不来方)城跡に建っている石川啄木の詩碑。詩碑には「不来方の お城の草に 寝ころびて 空に吸はれし 十五の心」が彫られている。新渡戸はこの城跡に程近いところで生まれ育った。

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