山嶋哲盛「日本科学の先駆者高峰譲吉」を読む

 夏目漱石の「吾輩は猫である」の主人公の猫が住む家の主人の苦沙弥先生は胃腸の調子が悪い。そのためいつも食事の後は消化薬が欠かせない。苦沙弥先生がいつも愛用している消化薬はタカジアスターゼであった。この薬はたいへん人気があった。
 タカジアスターゼの初めの2文字のタカは高峰の高からとったものだといわれている。タカジアスターゼは高峰譲吉によって開発されたものだからである。
 高峰譲吉については名前ぐらいは知っている人はかなりいるかも知れないが、彼の経歴を知る人は少ないのではなかろうか。なぜなら高峰譲吉は教科書では教えられない人だからである。野口英世に較べるとはるかに認知度は劣る。ところが高峰は野口英世に劣らずもしかしたらそれ以上に世界そして日本に恩恵を与えた人である。なぜ私たちは高峰のことを教えられてこなかったのであろうか。不思議なことである。
 山嶋哲盛著「日本科学の先駆者高峰譲吉」<岩波ジュニア新書>は高峰の生涯とその業績を詳しく辿った名著である。私はこの本を読んで、高峰譲吉が思っていた以上に偉大な人物であることに驚きそして感動した。夢とロマンをもち、かつ崇高な使命を背負い続けそして大成功をおさめた高峰の人生はやはりサクセスストーリーであり、賞賛に値するものであったといえる。
 それにしても高峰はすごい人である。日本が生んだ科学者と実業家の才能を持ち合わせた稀有の世界的な人物であった。

 高峰譲吉は1854(安政元)年に加賀で生まれた。父親は加賀藩の御典医であった。高峰少年は父親から英才教育を受け、回りのものからは将来は父親の跡を継ぎ医者になるものと思われていた。だが、高峰は当時学問と認められ始めた舎密(せいみ、化学のこと)の研究を生涯の仕事にしようと決心する。
 明治になると、高峰は工部省管轄の工部大学校に入学する。この学校は全国から秀才を集めた。生徒の学費・生活費はすべて官費で賄われた。高峰はこの学校で本格的に化学の勉強をする。
 大学を卒業すると高峰はイギリスに留学し研究所にはいり化学をより深く研究した。イギリスから帰国すると、農商務省に勤務した。いわゆるエリート官僚になったのである。しかし、何年かエリート官僚として勤務したあと高峰は安定した道を捨てて実業の世界に飛び込んだ。
 役人をやめた高峰は渋沢栄一・益田孝などの財界の大物たちの支持を受け東京人造肥料会社を立ち上げる。忍耐と努力の結果、高峰はその会社の経営を軌道に乗せた。高峰の夢はさらに膨らみ、東京人造肥料会社の仕事に区切りをつけ、高峰はアメリカへと向かった。彼は1人ではなかった。高峰はキャロラインというアメリカの南部の娘と結婚していたのである。
 アメリカに渡った高峰は病気で死ぬような目にあうまで骨身を削って仕事に没頭した。頭をフル回転して斬新な研究成果をあげた。そして紆余曲折しながらタカジアスターゼの開発そしてアドレナリンの結晶化に成功した。アドレナリンとは副腎エキスに含まれる有効成分で止血作用があり手術に際しては必要不可欠なものである。アドレナリンによって多くの患者の命を助けることができた。
 巨万の富を得た高峰が次に目指したのは財力・人脈を使って日米関係を強固かつ友好なものにすることであった。アメリカで成功し、アメリカに30年以上も住みそしてニューヨークに豪邸を構えていても、高峰の体の中にはサムライの血が流れていた。高峰はつねに祖国日本のことに思いを馳せていた。自分の成功は日本のおかげだと心底から日本に感謝していた。
 高峰は日露戦争以後、アメリカが日本に対して冷たくなっていくのを肌で感じていた。特に対日移民法に対しては胸を痛めていた。高峰は日米友好の橋渡しになるべく粉骨砕身しそして東奔西走した。その結果心臓を悪化させた。
 高峰の残した有形・無形の資産は計り知れない。実際死んだとき残した財産が現在の価値にして6兆円もあったという。アドレナリンは現在も使用されておりこれまで数えられないくらいの病人を助けてきた。あの製薬会社の最大手の三共株式会社も高峰の残したものといってもよい。

 現在、化学が直面している問題は山のようにある。しかしどんな難問でも人類はそれを解決してきた。高峰譲吉は先頭になって問題を解決してきた人である。ぜひとも高峰のような人間が21世紀の日本に現れてほしいものである。

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テーマ : 科学・医療・心理 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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