宮本常一「忘れられた日本人」を読む

 宮本常一は自らの足(あまり乗り物に乗らないで旅をするという意味において)で歩き続けた偉大な民俗学者である。民俗学というと、すぐ柳田国男・折口信夫の大家を思い浮かべるが、実際に実地調査をしたという点では宮本はこの両大家をはるかに凌いでいたであろう。とにかく宮本は日本中を歩きに歩いた人であった。その旅姿は、富山の薬売りの姿にも、ときには乞食の姿にも見えたようである。宮本は格好など全く気にはしていなかった。 
 宮本の民俗学に果たした貢献はすばらしい。ただすばらしいといっても漠然としているが、あの司馬遼太郎の名著「街道をゆく」で宮本の業績は再三再四言及されている。司馬は宮本の業績を深く評価し、そして宮本に敬意を表している。司馬の名作「菜の花の沖」は男衆(おとこし)を1つのテーマにした物語であるが、男衆の形態は宮本によってかなり明らかにされている。宮本は西日本をつぶさに歩き回り男衆の形態を調べあげたのである。
 宮本は全国の村を歩き回り、村について、村の暮らしぶりについてそして村に住む農民そのものについて徹底的に調査をした。宮本の調査対象とする人たちは文盲すなわち文字を読めない人たちがほとんどであった。
 宮本の取材のやり方はひたすら聞くことであった。村の主みたいな老人を訪問し、宮本は時間の許す限り昔話を聞き、そしてそれをノートに書き取った。ノートの分量はいつしか厖大なものになったであろう。
 
 「忘れられた日本人」は民俗学雑誌に「年よりたち」と題して連載されたものを本としてまとめたものである。「年よりたち」のタイトルが示すように村の古老たちの話を載せている。一読して、あまりのおもしろさに小説を読んでいる錯覚を起こしてしまった。
 「忘れられた日本人」に登場する古老たちは幕末から明治の初めに生まれた人たちで、江戸時代を知っている人たちともいえる。明治で近代化されたといっても明治時代は生活レベルでは江戸時代そのものであったろう。
 「忘れられた日本人」の中で一番興味をそそられるのが、<夜這い>の話である。<夜這い>は司馬の小説にもよく出てくるが、どうも作り話のようだと思っていたが、実際に存在しており、それもかなり大っぴらに行われていたものらしい。性はかなり解放されていたらしい。特に、ある村では会式(えしき)の1日は完全な無礼講で男女誰とでも寝てよかったという。いわゆるフリーセックスが許される日が1年に1日あったのである。
 田植えをするときには大勢の女たちが、一緒に仕事をした。彼女たちはワイワイガヤガヤ話をしながら仕事をした。その話の内容はほとんどが卑猥な男と女の話であった。しかし、かなりしゃれがきいた話であったらしい。これらの話のいくつかは落語の原典になったのではなかろうかと思ってしまう。
 「忘れられた日本人」は私たち日本人の先祖の真実の姿を生の形で紹介してくれているのである。
 
 「忘れたれた日本人」を読むと、民俗学と歴史学がいかに違うものかも実感させられる。歴史学はあくまでも文字がベースになって構築されている。言い伝えなどは意外と無視される。歴史学においては古文書など文字として残されたものが資料の価値を持つのである。もし、歴史学だけから私たちが歴史を見たら、私たちはかなりいびつな歴史を見ることになるのではないかと思わざるを得ない。
 民俗学とくに宮本の民俗学は完全に生活に根付いたものである。宮本の紹介する古老たちの話は生活そのものであり、そこには生きた人間が存在する。
 「忘れられた日本人」を読んで、歴史の表に出てくる日本人だけを見ていても本当の日本そして日本人の姿はわからないと痛切に思った。

にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へ


忘れられた日本人 (岩波文庫)忘れられた日本人 (岩波文庫)
(1984/01)
宮本 常一

商品詳細を見る

テーマ : 日本文化 - ジャンル : 学問・文化・芸術

Tag : 忘れられた日本人

COMMENTS

COMMENT FORM

TRACKBACK


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)