立花隆「21世紀 知の挑戦」を読む

 20世紀は豊かさにおいて最も飛躍した世紀であった。その飛躍の原動力になったのが科学技術の進歩であった。20世紀は科学技術の世紀であったといってもよい。
 19世紀末から準備されていた電磁気学・量子力学が20世紀になると花開き、物理学は目を瞠るような進歩をした。原爆・水爆も開発された。20世紀前半は物理学・化学がリーダー的存在として活躍したともいえる。物理学・化学は他の学問を引っ張ったのである。
 20世紀後半になると、物理学・化学に変わって、コンピューターを代表とする情報科学そして物理学・化学・生物学が合体した生命科学がリーダー的存在になった。20世紀末になると情報・バイオが科学技術の中で最先端をいくようになり、科学全般を牽引するようになった。
 バイオは遺伝子を扱った学問領域である。遺伝子の構造を扱う分野は分子生物学といわれる。分子生物学は全く新しい学問分野で、物理学・化学・生物学が一体となった領域である。分子生物学の発展に寄与したのは遺伝子いわゆるDNAである。DNAの研究とともに、分子生物学は飛躍的に進歩してきた。
 DNAを解明することによって、それまで人類が予想もしなかったことが、可能になることがわかったきた。ガンなどの難病の克服、臓器の再生(いわゆるクローン)、天才を作ることが可能になることがわかってきた。それらのことは神の領域に属することであった。人類はいよいよ神の領域を侵すところまできたのである。
 21世紀の初めは間違いなく、情報・分子生物学が科学のリーダーとなってより進歩していくに違いない。
 20世紀は「革命と戦争」の世紀でもあった。21世紀は完全に「知」の世紀であると見られている。その「知」を代表するものは情報であり、分子生物学である。

 立花隆の「21世紀 知の挑戦」は日本人にとってたいへん貴重でありかけがえのない本である。日本人は遠い将来立花に感謝しなければならなくなるかもしれない。立花は現在の日本にするどく警鐘を鳴らしている。立花は心底から日本の現在の状況を憂えているのである。
 21世紀は「知」の世紀であり、「知」を獲得したものが豊かになれるのである。「知」の獲得が国の将来の豊かさを左右する。日本は言葉の上では科学技術立国を目指すといいながら、その実情はお先真っ暗の状況である。日本人の科学離れが想像を超えるほど悪化している。ここ十数年、ゆとり教育の名のもとに小・中学校では理科・数学(算数)の授業が大幅に削られ、おまけに、小学生が科学に興味をもたなくなってきた。彼らは科学を否定的にとらえているのである。大学では、工学部へ行く人が急減した。
 曲がりなりにも私たちが豊かに暮らしていけるのは、科学技術の進歩があったからである。21世紀、日本が豊かに幸福に暮らしていけるためには「知」を獲得しなければならないことは火を見るよりあきらかである。その「知」とは情報と分子生物学であると立花は力説する。
 アメリカのエリートが学ぶハーバード・MITなどの大学では文系・理系に関係なく全員が分子生物学の授業は必修であるという。アメリカのエリート層は「知」のエキスパートとして世界と勝負するのである。日本とは大きな違いである。
 「21世紀 知の挑戦」は現在の日本の現状を踏まえての警告の書である。と同時に本当に「知」の大事さを教えてくれる書である。
 
 立花隆は、理系の専門家にその専門の講義をできる日本で唯一の文系の評論家であると私は思っている。言い換えると、バイオの専門家にバイオの講義をできる文系の人であるということである。
 立花の業績をみていると文系・理系と分けることのばからしさを痛感する。「私は文系ですから」「私は理系ですから」が日本では勉強しない理由として正々堂々とまかり通るのである。どだい「知」に文系も理系もないはずである。立花は「知」を広く深く追求していく。立花に文系・理系の概念などさらさらない。立花のすごさは固定観念のなさでもある。だからこそ立花の書くものは説得力がある。
 私たち日本人は本当の意味で「知」的な人間にならなければならない時期にきているのだと「21世紀 知の挑戦」を読んで痛感した。

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