宮本常一「塩の道」を読む

 私がまだ小学生の低学年の頃、東京近郊の新興住宅街であった私の家の近くにはたくさんの森や林があった。小学生であった私は友達同士で森や林の中で遊んだ。昆虫や木の実を取った。森や林の中には正規な道でない道もたくさんあったが、私たちは正規だろうとなかろうが、どんどんと森の奥へと進んだ。あるとき、年が少し上の少年がこれはけもの道だといった。親から教えられてでもいたのだろう。いわゆる人間ではなく、けもの(猪とか狸などであろう)たちの通る道である。それ以来、そのけもの道という言葉が、人間世界から忘れられているが、価値ある道として私の脳裏に焼きつけられた。
 大学生のとき、絹の道いわゆるシルクロードに興味をもって、シルクロードの本を読み漁ったことを覚えている。絹の道というのはヨーロッパと中国を結ぶ砂漠の道をいうのかと思っていたが、実際には海の道も含めて、東西を結ぶ道のことをいうらしかった。ある意味抽象的な概念なのである。絹の道の東の最終地が日本であることを知っていささか驚いた。
 「~の道」というのはどこかロマンを感じさせる魅力的な言葉である。
 宮本常一に「塩の道」という文庫本があるのを知って、早速読んでみた。読んでみて、予想通り、すばらしい本であった。
 正直、私は宮本のファンであり、司馬遼太郎のファンでもある。宮本の「語り」をきいていると、それが司馬の「語り」と同じ響きをしているのに気付く。私は宮本と司馬には共通点があると思っている。それは、2人とも歴史を動かすものは民衆たちの生活であることをよく弁えていることである。司馬の歴史小説のおもしろさは民衆の生活の裏打ちがあるからであろう。
 それにしても「塩の道」はタイトルもよく、おもしろくそしてたいへん勉強になる本である。私は江戸の歴史が好きで、よく江戸関係の本を読んだが、塩の道という言葉にお目にかかったことがない。ある意味、塩の道は日本の歴史を作った道であるというのに。
 
 塩は周知のように、人間にとって必要不可欠のものである。海辺の町では塩を焼くことができるが、山に住んでいる人たちはそう簡単に塩は手にはいらない。そこで、塩を運搬する人たちがでてくる。こうして塩の道ができていく。「塩の道」は塩に関連するいろいろなことに言及している。
 私が最も感銘を受けた話は塩魚のことである。塩魚とは塩をまぶした魚のことである。私が子供の頃、塩鮭といって、塩を多量にまぶした魚があった。私は鮭とは塩をたくさんまぶしたものと思っていた。ところが、現在では塩をまぶした塩鮭というものは売られていない。鮭も甘い鮭になった。
 塩魚(当然塩鮭も含む)の第1の目的は魚を味わうことではなく、塩を吸収することであったという。貴重な塩を体内に吸収するために魚にたくさん塩をまぶしたわけである。 日本全国いたるところに塩の道は残っている。宮本は精力的に塩の道を歩いている。塩を語れば、塩だけでは終わらない。製塩法や土器のことや、鋳物師のことに及び、さらに塩を運ぶ人間と運び方に進んでいく。
 塩は険しい山道の場合はボッカと呼ばれる人たちに運ばれるが、平地などには牛や馬などが使われた。宮本は馬について、日本では馬は人間が乗るものではなかったといっている。馬とは、手綱でもって人間に引かれるものであるという。

 宮本の話に説得力があるのは宮本自身、日本中を隈なく歩いているからである。何げない山の道、それは塩の道であった。戦国時代のある武将は塩の道を通って逃げることで九死に一生を得たのである。
 「塩の道」は歴史に興味ある人にとって必読の書である。

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