小平邦彦「怠け数学者の記」を読む

 2010年の日本人ノーベル賞受賞者は鈴木章・根岸英一の両氏に決まった。たいへん喜ばしいことである。これで日本人のノーベル賞受賞者の総数は17人になった。ただ、その17人の中で戦後生まれの人は田中耕一氏だけである。
 戦後65年以上たって戦後生まれのノーベル賞受賞者が1人であることははたして少ないのか。欧米の受賞者で50代、60代前半の人が多いことを考えると、日本人の戦後生まれの受賞者が1人というのはやはり少ないのではなかろうか。
 戦後の日本の教育は戦前の教育とは変わり、量・質ともよくなっているはずであるから優秀な人が輩出しても不思議はないのである。また、高等教育を受ける人は戦前とは較べようもなく多くなった。理工系では大学院に行くのも一般的になった。それなのに世界的なレベルの人が戦後生まれの人からは出ていない。逆に、生徒の学力低下が声高に叫ばれるようになった。なぜなのだろうか。
 ノーベル賞には数学賞はない。ノーベルが数学者を嫌っていたかららしい。そこで世界の数学者の会がノーベル賞に代わるフィールズ賞なるものを創った。フィールズ賞は数学のノーベル賞みたいなもので、受賞するのは大天才である。日本人では3人が受賞している。最初に受賞したのが小平邦彦である。その他の2人は広中平祐・森重文である。この3人の中で戦後生まれは森のみである。

 小平邦彦の「怠け数学者の記」(岩波現代文庫)は数学者以外の人が読んでもたいへん興味深い本である。この本は大きく3つの内容に分かれている。数学について、教育について、そして小平がアメリカのプリンストン研究所にいたとき妻に送った手紙からなっている。
 私が特に興味を覚えたのは教育についての小平の所感である。小平はプリンストン研究所から帰国すると東大で教鞭をとった。1980年頃、小平は、たびたびそのときの大学生の学力が低下していると嘆いている。そのときの大学生というのは東大の数学科の学生である。現在では大学生の学力低下は当然のように言われているが、すでに30年前に大学生それも東大生の学力低下が言われていたのである。
 小平はなぜ学生の学力が低下したかを考察し、初等教育に問題があると結論付けている。理由は初等教育いわゆる小学校では学習する内容が多すぎて、大事な教科がないがしろにされているというものである。小平は、学習内容には適齢期があり、生徒の精神的成長を考えて学習内容をきめるべきであると言っている。小学生のときに学習しなければならないものをするべきで必要のないものはするべきでないと続け、理科・社会などわざわざ小学校の1年生からやるものではなく、中学校からやってもよいくらいで、逆に、小学校のときにぜひともやらなければならないのが国語と算数であると言っている。
 読み・書き・そろばんとはよく言ったもので、小学校のときには国語と算数だけをやっていればよいのである。国語と算数は社会で生きていく上で基礎的学力であり、大人になってからやっては遅い。実際に戦前の教育では小学校では国語と算数にほとんどの時間が割かれていた。
 小平の批判は受験数学にも向かっている。受験数学は解法パターンを覚えることに力をいれ、考える力を身につけさせていないというのである。東大の数学科の生徒のほとんどは自ら新しいことを考える力をもっていないという。戦後生まれで東大出身のフィールズ賞受賞者は皆無である。
 小平は数学は論理だということにも批判的である。数学が論理なら論理力のある人は数学ができるはずである。ところが哲学者・文学者など論理力があって数学ができない人はかなりいる。
 小平は数学には数覚が必要だと言う。数覚とは数学の感覚みたいなものである。この感覚は大人になってからでは身に付かないもので、やはり小さい頃から計算をたくさんして数に親しまなければ身に付かないものであるらしい。

 「怠け数学者の記」を読んでいると小平が本当に数学が好きなのだと思う。小平は小学生の頃は算数しかできなかったらしい。私も小学生は国語と算数だけをやっていればよいと思う。

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同感です

同感です
小平先生の本ではこのことについて書かれた文章が一番印象に残ってます

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