中村建治「山手線誕生」を読む

品川東海寺に眠る井上勝の墓 一流の政治家とは何が何でも自分の信念を押し通すものである。たとえ、独裁者と呼ばれようと、国そして国民のためになると思えば、誰が反対しようとも政策を実行する。
 近代の日本が経済発展した理由はたくさんあるが、その1つが鉄道の敷設であったことに異を唱える人はいないであろう。
 明治5年に、新橋・横浜間に鉄道が敷かれてから、封建社会から近代国家に変身したばかりの日本の経済が大きく動き始めたのである。
 現代の私たちからすれば、鉄道は当たり前のものであり、空気みたいなものである。ところが、この鉄道が日本で初めて敷かれる計画があがると、轟々たる反対の声が湧き上がった。この計画を推進したのが、伊藤博文と大隈重信であった。伊藤も大隈も日本が近代国家として成長するためには鉄道は絶対に必要であるという信念をもっていた。
 当時の列車は蒸気機関車であった。これは煙を出し、火の粉を散らすので、田畑や民家に被害を与えると思われていた。そのため、鉄道が敷かれる予定地の住人は頑として土地を売ろうとしなかった。
 伊藤も大隈も困った。それでも2人は何としても鉄道を通そうと思い、考えに考えた末に、大隈に名案が浮かんだ。それは、海の上に鉄道を通そうというものである。すなわち、海を埋め立て、その上に線路を敷くというものであった。イギリス人技師の指導によって、海は埋め立てられ、無事に線路は敷かれた。鉄道が最初に敷かれたときの新橋・品川間は海の上を走っていたのである。列車の窓からは東京の町並みと、逆方向には、遠く房総半島が見られたのである。
 伊藤と大隈の鉄道に対する執念がなければ、近代日本の発展はだいぶ遅れたかもしれない。伊藤も大隈も紛れもなく一流の政治家であった。

 中村健治著「山手線誕生」は東京を一周する山手線が誕生するまでの歴史を書いたものである。私はたいへん興味深く読んだ。著者の中村は鉄道博士のような人で、鉄道に関してはすみずみまで知っている鉄道学(という学問分野があるとすれば)の泰斗である。
 私はこの本を読んで意外と思ったことが2つある。1つは、山手線の全線が開通されたのが大正14(1925)年で、鉄道が初めて敷かれてから50年以上もたっていたことである。
 2つ目が、山手線の区間の中で、最も遅く開通したのが新橋・東京・上野間であったということである。東京駅ができたのが大正になってからであり、東京駅周辺の鉄道の整備は遅れたのである。それは、東京駅ができる丸の内が皇居の目の前で、そこを鉄道が通ることに差し障りがあったからであろう。
 山手線の開業区間を順を追って記すと次の通りである。
(1)品川・田町・浜松町・新橋 (2)上野・鶯谷・日暮里・西日暮里・田端
(3)品川・大崎・五反田・目黒・恵比寿・渋谷・原宿・代々木・新宿・新大久保・高田馬場・目白・池袋(4)池袋・大塚・巣鴨・駒込・田端(5)新橋・有楽町・東京(6)東京・神田(7)神田・秋葉原・御徒町(8)御徒町・上野
 いずれの区間においても開業までの道のりは険しかった。たくさんの障碍(しょうがい)を乗り越えて開業されたのである。
 伊藤・大隈は政治家として鉄道を導入した人であるが、行政の人間として日本の鉄道の土台を築いたのは井上勝(まさる)である。井上は長州出身で、幕末、伊藤らと密航してイギリスに渡った。井上はその地で鉄道を見て、日本にも鉄道を普及させようと決意した。井上は日本の鉄道の育ての親とでもいうべき人である。

 鉄道の歴史はとりもなおさず近代日本の発展の歴史でもある。「山手線誕生」は鉄道の普及を通して近代日本の発展を見ることのできるたいへんおもしろくそしてためになる本である。

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品川駅 写真上は、東京品川東海寺に眠る井上勝墓所です。墓所は東海道新幹線と東海道本線に挟まれたところにあり、今でも井上は日本の鉄道を見守っています。井上勝の銅像は、東京駅の丸の内に建っていましたが、現在東京駅は工事中のため見かけることができません。井上の名は小岩井農場の井に残っています。
 写真下は現在の品川駅です。品川は鉄道敷設に伴い、品川地域は、明治6年に官営の近代硝子工業を皮切りに近代化した工場が建ち並んでいきました。京浜工業地帯の始まりです。品川地域で生産された工業製品や横浜に陸揚げされた外国製品が鉄道で日本各地に運ばれていきました。
 東海寺には、江戸時代の国学者賀茂真淵、建立した沢庵和尚の墓があります。


山手線誕生―半世紀かけて環状線をつなげた東京の鉄道史山手線誕生―半世紀かけて環状線をつなげた東京の鉄道史
(2005/06)
中村 建治

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テーマ : 歴史 - ジャンル : 学問・文化・芸術

Tag : 山手線誕生

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