猪瀬直樹「昭和16年夏の敗戦」を読む

靖国神社に展示している戦闘機 猪瀬直樹の「昭和16年夏の敗戦」は衝撃的な本である。この本は日本人の太平洋史観を根底から覆すものかもしれない。日米戦争は昭和16年夏の段階で、日本が必ず負けると論理的に証明された。

 昭和16年4月に、官僚・軍部・民間から30代の若手エリートを結集した総力戦研究所が設立された。この研究所では、日米が戦った場合の考えられるだけの想定のもと、シミュレーションを行い、結果として、日本はアメリカに必ず負けると結論付けた。驚くべきことにこのシミュレーションは、実際の太平洋戦争に照らしてみて、原爆投下以外ほとんど正確であったということである。
 東條はこの結果を陸軍大臣としてきいている。昭和16年10月16日に第3次近衛内閣が総辞職したあと、大方の予想に反して東條に組閣の大命が下った。その理由は、陸軍に睨みのきく東條ならば、日米戦争を回避できるのではないかと、天皇がひそかに思ったからだ。天皇はあきらかに日米が戦うことを嫌った。

 総力戦研究所のシミュレーションの結果と天皇の意向があっても、東條は日米開戦を決断しなければならなかった。本当は東條は日米戦争はしたくなかったのである。日本の歴史教科書では、東條を戦争推進者として断罪しているが、陸軍大臣のときはあきらかに、東條は日米開戦を推進した人間であったが、総理大臣としての東條は日米開戦をしたくなかったのである。東條は天皇の臣下としての気持が強く、天皇の意向は絶対であった。その天皇の意向を無視しても東條は戦争を決断しなければならなかった。なぜか。空気が戦争回避を許さなかったのである。日米開戦は日本人ほとんど全員の総意であり、何人(なんびと)たりとも、戦争を回避できなかった。太平洋戦争を振り返る場合、この空気が何よりも重要である。
 私たちは、太平洋戦争は軍部が独裁的に推進し、国民は被害者であったと教えられてきた。戦後の日本は軍部ただ一人を悪者にして、あの戦争を総括しようとした。結局、なぜあのような戦争が起きたかの本質的なものは見えないままである。日米戦争やむなしの空気を醸しだしたのはほかならぬ日本国民である。ほとんどの日本人は日米戦争を望んでいたのである。もし、あの戦争を犯した犯人を挙げろといったら、間違いなく日本国民もあがるであろう。軍部は国民の期待に背中を押されて、無謀な戦争へと突進していったのである。
 日本では組織の行動を決定するのは論理ではなく、空気であるらしい。私は「昭和16年夏の敗戦」を読んで、はからずも今回の東日本大震災の福島原発の事故に思い至った。
 事故が起こるまで、日本の原子力行政・原子力学会などでは、原子力発電は安全ではないといったら、総すかんを食うどころか、学者なら、学者の道を放棄しなければならなくなった。誰もが、原子力発電は安全だと確信し、安全だという空気がすべてを支配していた。その空気を先頭的に醸しだしてきたのが、経済産業省である。批判できない議論など議論にならない。原子力に関しての政府・学会の議論はほとんどこの類の議論である。
 ところが事故が起きるや、政府がやったことは、東電一人を悪者にするだけである。一体経済産業省の罪はどうなっているのか。東電は経済産業省の指導のもとで、原発を運営してきたのではないのか。太平洋戦争の罪を軍部一人にかぶせる構図と全く同じでないのか。許し難いのは、福島県知事である。福島県は原発を誘致することで、政府・東電からかなりの便宜を得ているのに、県知事は東電一人だけを執拗に悪者扱いにする。原発を誘致するには、県知事の了承が必要であり、了承した県知事にはたいへんな責任があるのではないのか。
 結局、何か事があると、全体を見ずに、一部だけに責任を負わせることになる。これでは何の解決にもならない。歴史は鑑(かがみ)であるとはよくいったものである。歴史を徹底的に知ることがまず必要である。せっかく、太平洋戦争という重要な歴史的事実があるのである。徹底的になぜこの戦争が起こったのかを偏見なく分析すべきである。
 太平洋戦争のことを知っているようでいて、実は何も知らないということを、「昭和16年夏の敗戦」を読んで、私はつくづく思った。

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 写真は、靖国神社に展示している戦闘機です。


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